非天夜翔 山有木兮 翻訳の練習 81

非天夜翔が好きすぎて自分が読むために200話翻訳しました。万が一同じような趣味のかたが読んでおもしろいと思って下さったら是非原作を正規のルートで手に入れて読んでみてください。営利目的ではありません。要求があれば、すぐに削除します。

ーーー

第81章 風戎人:

 

ガハナ村を出ようとした時だった。姜恒は初めて村に着いたときに会った貴族の若者に再び出くわした。ただ今回は少し態度が変わっていた。遠くにとめた馬の背から風戎語で何か話しかけてきた。界圭が姜恒に通訳してくれた。「診察は終わったのかと聞いています。」

姜恒は頷いた。「終わったよ!」

貴族の若者はまた何か聞いてきた。今回は連れて来た仲間に通訳させた。

「次はどこへ行く?」

それは姜恒自身にもまだわからない。「順に行くつもりです!あなた方は狩りの途中?」

ひょっとして彼もいっしょに行きたいのかもしれない。だが、姜恒と界圭は雍国の各民族に聞き取りをしている。それを彼らに見聞きしてほしくなかった。

「縁があれば次の村で会えるでしょう!」

今回若者は去って行かなかった。馬をとめたまま姜恒たちを見送った。

 

「あれは誰だろう?」

界圭は何気なく答えた。「小さな部族の首長でしょう。春の終わりから夏の初め頃、彼らは春狩に出かける習慣があるのです。誰が誰だか見分けがつきませんね。あなたの冊子はよくしまって、人に見られないようにしてください。」

 

「雍国も口ほどじゃないな。」姜恒は状況報告書を読み返した。「南方中原諸国よりひどいかもしれない。」「やはり、あなたにしっかりついていないとだめですね。あなたが三月も歴訪していれば、役人たちは皆こぞって殺し屋を遣してくるでしょうから。」

「そんなことあるかなあ。あなたは汁琮が手紙に書いたように処置すると思う?」

姜恒が手紙を出すと、耿曙も返事を送って来た。一通に対して一通。だが耿曙は朝廷がどうこうとは一切書かず、書いてあるのは全て思念の情のみだ。

「しますね。あの人には体裁が一番大事ですから。あなたのような外から来た人に汚点を暴露されて、今頃落雁城では流血が河となっていることでしょう。」

「話はとりあえず聞いておくね。」

 

旅を続けるにつれ、だんだん荷物が増えていった。大安城に到着したが、姜恒は滞在は短くしようと思った。こんな大きな城内なら医者は足りているだろう。彼の任務は過疎化した村を訪れることだ。

界圭は大安で簡単に補給をすませると、再び姜恒を護衛し出発した。彼は確かに面倒見がいい。道中姜恒の着衣の世話から食事の手配まで、全てにおいてきめ細かいこと極まりない。人の世話の方が刺客業よりうまいのではと思うほどだ。姜恒は時々彼に潯東の頃の話をすることもある。界圭はいつも興味深げな表情で真剣に聞いていた。

「潯東の話にとても興味があるんだね。故郷を思い出すからかな?」

「違います。ただの好奇心ですよ。昭夫人なんて、あんな頑固な人が潯東に住んでいた年月にいつもどんなことを考えていたんだろうとかね。」

そうだ、母は叔母の姜晴と一緒に雍宮にいたことがあったんだっけ。界圭はきっと母たちを知っていたんだ。しかし姜恒がかつての雍宮でのことを尋ねるたびに、界圭は答えを避ける。理由も簡単にすませる。「忘れました。記憶力があまりよくなくて。今の事だけで精一杯です。」界圭は意味深長に笑っていた。

 

きっと聞かれたくないのだろうと無理強いはやめておく。二人は大安城外を馬車で走った。界圭が尋ねた。「荷の一部を売りますか?」「持って行こう。大安城に持ち込んで官価で売ってもいくらにもならない。搾取しすぎだよ。」

「細い体をしてこんなにたくさん食べられるんですか?」界圭は姜恒に麻袋を示した。「かわいそうにこの馬は、積荷をどんどん増やされて。」馬はそのうち押しつぶされそうだった。「山の方に持って行って、貧しい人に分け与えてはどう?毎日ご苦労様。山陰についたらお詫びのしるしにお酒を買ってあげる。」

「そういうことなら」界圭は頭を撫でて笑った。「私が荷を背負います。あなたのことも背負ってあげますよ。」

 

界圭は、実はとても優しい人だ。今は顔が醜くゆがみ、ただれているが、傷をうける前には、きっとかなりの美男だったのだろう。20年前には項州のように、風格のある男前だったかもしれない。それに落雁を離れてからの界圭の態度は以前とはまるで違う。

初めて洛陽宮外で会った界圭は神秘的で危険だった。だが、あの時でさえ、自分を殺そうとはしなかった。再会時の西川では、皮肉な物言いをしながらも、色々と助けてくれていた。

午後になり、姜恒は野外で少し休憩した。界圭は鉄壺を煮たてて茶を入れ、姜恒に渡した。大安を出てから、あの風戎貴族の青年に再会した。これで3度目だ。今回は二十名の護衛をつけていた。今は林の中に簡単な営帳をたて、そこに泊まる準備をしていた。

「また君か!お茶の時間?」

 

風戎人は乳の中に茶葉をつまみ入れて煮出していたが、姜恒と界圭に向かって丁寧に頭を下げた。姜恒は既に47の村を訪れていた。いずれも長くて3、5日、短いと1日、患者が少なくなったら、村長と気軽に話をした。

貴族の若者は弓矢をしまうと立ち上がって、姜恒たちのところに向かってきた。

「こんにちは!私は孟和(モンフ)です!」彼は明らかに習いたての漢語で自己紹介した。

「こんにちは!本当に縁があるね。私も孟和です!」姜恒は少し意外に思いつつ、この旅行中に覚えた風戎語で言い、ほほ笑んだ。界圭に最後の一煎を淹れさせ「私たちのお茶を飲んでみます?」と言って差し出した。「いらないと思いますよ。表面上は礼儀正しくしていても雍人をすごく警戒していますから。」界圭は言った。

姜恒は彼の姓は孟ではないと知っていた。孟和は風戎人の名で、意味は『永恒』だ。

姜恒の『恒』も風戎語に翻訳すれば『孟和』だ。

 

姜恒が『渡す』しぐさをすると、相手は取りに来て、近くに置いた。若者は「私の名前は孟和です。」と言った後は黙っていたが、友達になりたいという意思は、明らかになった。

しかしお互いにそれ以上には進まず、彼は自分の場所に戻った。この夜は双方野外で野宿していた。風戎人たちはここを離れてもよかったのに、深夜に塞外の狼の群れから彼らを守るために残ってくれたのだと姜恒は思った。

 

翌朝目覚めた時には彼らはきれいさっぱり消え失せていた。界圭が荷物をまとめ、二人も出発した。六十三番目の村を訪れた頃には、姜恒は風戎人についてだいぶ知識を深めていた。

彼らは雍に最初に臣服した塞北の民族で、百年の内に野性味が薄れ馴らされていった。飼い馴らされて家犬になった狼のように。

彼らは雍国の兵隊として戦っているが、役人になる人はごく少数で、朝廷の文官に風戎人の派閥はない。汁雍は風戎を天生の戦士と見なしていた。戦士の行く道はただ一つ、つまり軍功をあげることだ。兵士になる若者が少ない村は貧乏でろくにご飯も食べられない。道もでこぼこで、多くの村はまだ道がつながっていない。

 

姜恒は彼の冊子に自分の目で見たことを記録し、村を離れるたびに界圭と道の傍らでのんびりとお茶を飲んだ。「あなたは飲まないの?」界圭は大木を背にしてそばに座り、匕首を投げて遊んでいた。「私はお茶が好きではありませんから。」と界圭は言った。

「飲むならお酒だけ。お茶を飲むと目が覚めすぎます。その点、お酒はいいものです。」姜恒は言った。「ほどほどにね。」

界圭は姜恒を面白そうに見ていた。しばらくすると目を細めて、彼の顔を鑑賞するかのように見た。「日に焼けましたね。いつも太陽の下で動き回らないで下さい。日焼けは美しくないですから。」

「私は役者でもないし、おしろいを塗ったりもしないでしょう。人のことばっかり言って、自分はどうなの?」

界圭はまじめな口調で言った。「私は醜い怪物ですから。でも美しいものを見るのが好きなんです。人は自分にない物を求めるものでしょう、違いますか?」

「あなたは醜くなんてない。」姜恒は真剣に言った。「そんなこと言ってはだめ。あなたの傷はきっと汁家のために負った、つまり、雍国のために負ったのでしょう。雍人の目に映っているのは素敵な男性なはずだよ。」界圭の表情がほんの一瞬変わった。だが、すぐに顔を背けて冷静さを取り戻すと、空を見上げて言った。「行きましょう。雨が降りそうです。」

 

今日の彼らの任務は東蘭山東脈の嘯虎(シャオフ)峰に到着することだ。そこは塞北最大の山脈で、嘯虎峰という名が、虎の鳴き声からなのか、形からきているのかはわからない。山の両側と、山脈の奥には、雍国第二の大胡族、東林が住んでいる。「林胡」とも呼ばれている。

林胡人は狩猟、伐採を業とし、1年以上前に耿曙が服従させた。彼らの旅の中で最も危険な場所だ。今でも恨みに思っているはずなので、非常に注意しなければならない。

東蘭山に沿って北上すれば、山陰城に着く。しかし目下天気の方が大変なことになりそうだ。目的地はすぐそこだというのに。6月の塞北では天気が一転しがちだ。黒雲が垂れ込めたかと思うと、雷が走り、土砂降りになった。

 

「早く早く!」界圭が攻めるように言う。「ごめんなさい!私が悪かった!怒らないで!」界圭は不思議そうな顔をした。「これで怒ったことになる?まだ怒ってませんよ!」「声には出さなくても心では怒ってる!」二人とも既に濡れネズミ状態だった。後ろでは騾馬が泥水を踏み、歩きにくそうだ。界圭が前から引っ張る。姜恒は降りて顔をぬぐった。全く耐え難い。

「行きますよ!」界圭は暴風雨の中叫んだ。「降りてどうするんです?!」

姜恒は馬を指さした。「こんな時に畜生に情けをかけるんですか?」

姜恒は界圭を引っ張ると頭に防水帽をかぶせた。界圭は驚いたが姜恒は何も言わせなかった。界圭は雨の中しばし言葉を失っていた。「だって前は雨があたるでしょう!」

界圭は我に返った。「あなたが風邪をひくのが心配なんです!」

「大丈夫!体は健康だから!でなければ汁琮に剣をお見舞いできる?」

 

界圭はすっかり𠮟る気が失せた。姜恒は確かに、耿曙ほど体が丈夫ではないし、体格もがっしりしていないが、海閣で修行していた時、羅宣が高価で貴重な霊薬をたくさん飲ませたため、病気になることはめったになかった。

二人は一緒に馬をひっぱり、何とか村落にたどりついた。

だが村にはすでに誰もいなかった。遠くに林胡人の石塔がそびえたっていた。

「どうして誰もいないんだろう。」

「半分はお兄上に殺され、残りは義舅殿(汁琮)に連れていかれたんですよ。」

界圭は馬を家の後ろの馬小屋に置き、乾いた部屋を選んで、火を起こして服を乾かした。二人が着ていたもの、かばんの中の着替え、全てが水に浸かって濡れていた。

「脱いで。」界圭は姜恒に言った。姜恒は外衣を脱いで界圭に渡した。「全部です。体を冷やしますから。」

姜恒は苦笑した。界圭の口調は有無を言わせない。姜恒はたいていは彼の言うことを聞いた。耿曙の言うことよりもだ。耿曙とは、話し合ったり、言い合ったりしている。落雁を出れば、外は非常に危険だ。界圭は全力を尽くして彼の安全を守っている。自分は決して彼と口論してはいけない。

 

ーーー

水たまりを踏んでいたのは、最初は騾馬と書いてあって、次の行から馬になっている。どっちだろう、と思ったら、次の章で、馬車と荷車を乗せた騾馬の両方あったのだとわかりました。