非天夜翔 山有木兮 翻訳の練習 79

非天夜翔が好きすぎて自分が読むために200話翻訳しました。万が一同じような趣味のかたが読んでおもしろいと思って下さったら是非原作を正規のルートで手に入れて読んでみてください。営利目的ではありません。要求があれば、すぐに削除します。

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第79章 金璽印:

 

耿曙は驚いて声をかけた。「ハンアル?」

姜恒は拱手し、挨拶した。「王陛下、ごきげんよう、大人各位、ごきげんよう。」一時、すべての者が表情を変えて、姜恒を見つめた。陸冀はうなずいた。「姜大人か?」姜恒はほほ笑んで言った。「いえいえ、晋は滅びました。今は一介の草民です。」姜恒は官職を持たずに雍国に来た。晋廷の職位はもう過去のものだ。細かいことを言うと、殿内には封王属地の地方官という身分の者もいる。官職としては今より一級低いことになってしまうので、あまりよろしくないであろう。

 

汁琮は言った。「代王を討伐した時はそうは言わなかっただろう。」

汁琮は嘲笑のつもりで言ったのかもしれないが、それを聞いた殿内にいた者は逆に、大王李宏を嵌めたのはこの少年だったことを思い出した。侮ってはいけないのだ。

姜恒は長い間黙っていた。汁琮、この古だぬきは時々あまりにも自分の心意に沿ったことを言ってくれるので、敵にしておくのが惜しくなる。「では、太史ということで。」姜恒は再び拱手して言った。「実を言いますと、本日参りましたのは王陛下にお別れを申し上げるためなのです。」

耿曙:「!!!」

太子瀧は不満気だ。「ハンアル、どこに行くつもりだ?何か事情でもあるのかい?」「あるのです。」姜恒は皆に杖を見せた。「座って考えるだけでは埒が明かないので、雍国全土を渡り歩き、北方の各地を見てみたいのです。半年たったら必ず戻りますので。」

言いたいことが皆にはわかった。手紙や伝聞だけでは不十分だ。雍国の知恵袋的存在となるつもりなら、まずこの国家をよく理解しておくのが最も重要な宿題だ。

耿曙はすぐに言った。「俺も一緒に行く。」

「あなたはダメです。」姜恒は答えた。「界圭がついて来てくれます。あなたにはあなたの責任がある。練兵もだし、玉壁関を取り戻すのでしょう。そちらは陸大人ですか?お久しぶりでございます。」陸冀は笑い出した。「太史大人に玉壁関を奪回して猫に鈴をつける役になってもらおうと思っていたのに。ずるいですな、こんな風に行ってしまうとは。我々はどうすればいいのです?」

「ああ、そのことでしたら、……ご心配なく。皆さんちょうど議論の最中でしたか?趙霊は明日以降、攻撃してこなくなりますから。」

汁琮は驚いた。「どういうことだ、姜恒?何を根拠にそんな賭けに出るのだ?」

「賭けたりしません。賭けてどうします?方法はよく考えてあります。」

それを聞いた殿内の者は皆嘲るような表情になった。

曾嶸は眉を揚げた。「四か国連合軍を退けられるとでも?やつらは今にも玉壁関に集結するところなのですよ?」姜恒は黄色い布に包まれた物を取り出し皆の前に差し出したが、誰も取ろうとしなかった。一方、耿曙はそれを見るとすぐに笑い出した。

姜恒:「どうぞ、お取りください。誰も欲しくないんですか?」

汁琮:「!!!」

汁琮の顔色が一瞬で変わった。姜恒はそれを卓の上に置いた。

「金璽をひとまずお貸し致します。これを使って印を押し、天下に、そして汁雍を討伐するために集められた四か国連合軍に告げるのです。宋鄒に、天子の代理として命令を行使させて下さい。」

一同:「……………………」

汁琮:「これは……」

太子瀧は当惑している。「自縄自縛に陥らせるということ?」

陸冀の食いつきが一番早かった。彼はたちまち大笑いしだした。「妙案だ!妙案だ!」

姜恒も説明するのがおっくうになり、「失礼します、大人各位、半年後に会いましょう」と拱手した。耿曙はわけがわからないまま、姜恒のそばに行くと、「送って行く。俺にはまだ話がある。」と言った。姜恒がすでに足を踏み出しかけていた時だった。

 

汁琮は金璽に覆われていた黄色い布を解いたが、その手は震えていた。天子王権を象徴する伝承の器が、こんなに簡単に手に入ったなんて。姜恒はこれを雍国と取引するために使うのかと思っていた!まさか、こんなにあっさりと渡して来るとは!

「おめでとうございます。おめでとうございます。」陸冀が言った。

「どういう意味ですか」太子瀧はまだ理解していない。彼にはこの金璽が、雍国にとって

何を意味するのかも分からなかった。

 

陸冀は「殿下、宋鄒は晋臣で、嵩県は天子封地ですよね?」と言った。

太子瀧は疑わしげにうなずいた。

「それなら宋鄒が前面に出て、我が大雍を討伐するのは理にかなっています。もし宋鄒が金璽を押した征討令を出して、諸国に掲げたら、各封国は彼の命令を聞くしかないでしょう?」太子瀧はあっと思った。そういえば連合軍の召集者は、宋鄒になっていた!

「しかし諸国はどうして宋鄒を連合軍の盟主にしたのですか。」太子瀧は尋ねた。

「おかしな話ではないですか。」

曾嶸も気がついて、頷き笑った。「すばらしい。確かに妙案だ。盟主であろうとなかろうと、大侯国の国君は、彼を討つことはできない。名義がないからだ。」

陸冀は辛抱強く説明した。「宋鄒は嵩県に駐留している我が雍軍を天子王軍に充てています。各国は彼の号令を聞かなかったとしても、彼(の軍)を攻撃することはできません。嵩県を壊滅させる大義名分がないからです。ですからこの非正規軍は誰にも持ち出されず、彼らの後方を押さえることになる。その結果、連合軍は挟み撃ちを恐れて開戦できない。

 

「敵も宋鄒の王軍を連合軍に統合し、彼を名目上の盟主にして、実際は趙霊が指揮するようにできる……うん、それでもいいな。宋鄒が裏切れば、連合軍は大混乱して、もっと簡単になる。」曾宇が言うと、曾嶸は、「だが、趙霊は金璽勅令を無視して嵩県を陥落させないだろうか。」と疑問をなげかけた。

「いいえ、彼にはできません。」陸冀は言った。「そこが姜大人の計算の最も緻密なところです。そんなことをすれば、彼の方が代、郢両国の包囲攻撃を受けるからです。わざわざ反目するようなことをしたくないでしょう。陛下、この方法で行くなら、万全を保つために、先ずは周游を特使として郢国に行かせるべきでしょう。」

 

今、汁琮の耳には誰の何の話も届かない。見えているのはあの黒い金璽だけだ。

金璽がこんな姿だったとは……汁琮は璽印を押した錦帛しか見たことがなかった。金璽自体を見たのは初めてだ。金で鋳造されているのだと思っていたが、この材質は極めて希少だ。それで黒剣だけが断ち切れるという伝説があるのか。つまり金璽は偽造できない……これでようやく分かった。

「お借しします、か。」汁琮は金璽を握りしめて冷笑した。

 

雍国の宗廟は重厚で奥深い。高所に天窓があり、天窓の先端には、黒翡翠に金をはめ込んだ玄武像があり町を鎮守している。汁雍家が初めて塞外に来た時、巨挙神山の奥にある地脈の翡翠を彫って作られたものだ。黒玉の玄武像の前には、4つの霊台が設置され、歴代の国君を祀っており、更に前には王家の玉牒が置かれている。百年の年月を経て、北雍は各民族の反乱、変法、朝政の立て直し、南方との交戦を経て、この乱世の一覇者にまで成長した。

 

まるで、駆け出しだが恐れを知らない若者のようだ。彼は姜太后が若い頃に嫁いだ雍王汁穆と同じく鋭敏だった。汁穆は文武両道で、生涯その力と才能を、彼の国に捧げた。2人の嫡男の内、汁琅は彼が神州由来の治世を受け継ぎ、汁琮は天下を席巻する武道の才を得た。

二十年前、雍国朝廷全員が、汁琅こそ大乱世を収束させられる英雄であると認めていた。百年に一度の偉大な国君であると。彼の治世のもと、雍国は富国強兵を進め、ほんの一時は中原に覇を為す勢いを見せた。梁国があのように警戒し連盟を呼びかけて一挙に雍国を打ち破ろうとしたのはそのためだ。

だが耿淵の計画の成功を待たずして汁琅は崩御した。彼の死はあまりにも早すぎた。長い夜に強い光を見出し、日の出の到来と思いきや、光り輝く流星にすぎなかったかのようだった。

 

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界圭は簡単な包みを背負ったまま、汁琅の霊前に座ると三本の線香に火をつけ香炉にさし、台の前に酒をまいた。姜太后が静かに界圭の後ろに近寄ってきた。

陽春三月の時節、宗廟の四面を囲む雪色の白妙の幕が陽光の下、はためいていた。姜太后は桃の花びらをいっぱい浮かべた茶を息子の霊前に置いた。

「彼の決意は揺るぎません。」界圭は振り向いて、姜太后に言った。

「それなら行かせなさい。」「そうすべきなのでしょう。」姜太后はもの思いに耽りながらそう言うと、ごく軽くため息をついた。

界圭は言った。「雍国探訪中に事故にあうようなことはないでしょう。太后にはご心配なく。」

「お前がついていればいつも安心です、界圭。」しかし姜太后はしまいには声が震えた。

「あの子は知っているのか?」

「いいえ。」

太后はしばらく黙った後、また尋ねた。「彼は?」

「私が思うに、おそらく彼もまだ知りません。ただ、疑い深い性格なので、気づくのは時間の問題かと。我々は今のうちに一切の手を打っておかなくては。」

太后は一夜にして一気に年を取った気がした。目を閉じれば十七年前のことが昨日のことのように浮かんでくる。

「私ももう年です。あと何年生きられるかわかりません。」

界圭は言葉を飲み込んだ。姜太后は続けて言った。「道中決して警戒を怠らないように。お行きなさい、界圭。十七年の月日がこうも早く過ぎ、元に戻ってしまうとは。

お前には一生苦労をかけます。」

界圭は立ち去る前にまた振り返った。「望むところです。」

 

 

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雍都王宮の外まで耿曙は姜恒について来ていた。姜恒が半年もの間いなくなってしまうなど、到底受け入れられないことだった。姜恒は彼を留まらせるために、よくよく話してみたが、耿曙の表情はこれ以上ない程暗く、ついに姜恒を怒らせた。

「私たちはどちらもここでずっとのんびりしていられないでしょう。兄さん、私は雍国のためにやることがある。大臣になるんだよ。あなたは上将軍でしょう?」

理屈では、耿曙もその通りだとわかっていた。心では、半年もの間離れ離れで姜恒のいない生活をすることなどできるわけがないと思う。耿曙は、姜恒の性格上、感情で訴えても無駄だと分かっていたので理屈を説いてみようと、辛抱強く言った。「四国連合が攻めてこないとわかったなら、俺が雍宮にいる必要はないだろう。」

「練兵はどうなるの?治軍は?戦術は?」姜恒は信じられないといった口調で言った。「戦の準備はしなくていいの?『勝者は先ず勝ち後に戦を求む、敗者は先ず戦い後に勝ちを求む。』兵法に何て書いてあったかすっかり忘れてしまったの?」

 

耿曙はまたがんこに黙り込んだ。今度は姜恒が辛抱強く言った。「界圭が私を守ってくれるから大丈夫。半年間の視察は私が絶対にしなければならないことなんだよ。やるべきことをしっかりやらなければ、これからどうやって国を治めていける?」

姜恒は旅程自体を、大幅に短縮して立てていた。一国を渡り歩き民の暮らしを深く探るためには本来なら少なくとも三年は必要だった。ただ時は待っていてくれない。耿曙のためではなく、雍国が直面する危機が実際にとても多く、大きいからだ。内憂外患が元でいつどんな災難に遭遇するかわからない。

 

姜恒は耿曙を抱きしめた。「兄さん、もう行くね。」耿曙は姜恒の元を一歩たりとも離れようとしない。この様子ではいつまでも離れてくれなそうだ。姜恒はまっすぐ前を向いて王宮の門を出た。少し離れたところに同じく杖を持った男が立っていた。白髪を結い上げ、官服を着た五十がらみの男は目に狡猾そうな光をたたえていた。「歴訪に行かれるので?」男は姜恒を見てほほ笑んだ。

姜恒はこの人を知らず、耿曙を見た。耿曙は抱拳して、「管宰相」と言った。

「管魏大人でしたか。」姜恒はそれが中原でも名の知れた大雍の宰相だとわかった。

管魏は笑顔を見せた。「姜太史、道中何かあれば朝廷まで人を遣わせてください。」

「そのつもりです。」姜恒は言った。

管魏の目は賞賛に満ちていた。雍国は国土が広く多くは荒廃していて、人も少ない。

歴訪した世家の子弟がいないわけではなかったが、行き先は雍国六城に限られていた。

自ら各地を視察しようとするのは姜恒が初めてだ。

「王子殿下、別れを惜しむことはありません。数日後、風戎軍が北方へ練兵に向かいます。風戎人は放浪の民。お二人もその内会えるかもしれません。」

耿曙の心が動いた。「本当か?」

管魏は言った。「朝廷にお戻りになれば、陛下からお申し出があるでしょう。」

 

汁琮は軍隊の編制を立て直す必要があった。それを耿曙に任そうというのだ。風戎軍を集結させたら、彼も落雁城を出て北上する。ひょっとしたらその時に会えるかもしれないと言うことだ。

管魏が来て姜恒は助かったと思った。「ほら、ちょうどいいんじゃない?」

耿曙はついにこのしばしの別れを受け入れた。

「かもな。」そして王宮の方に向かって哨を吹いた。少しして海東青が翼をはためかせやって来た。

「風羽を連れて行け。お前がどこにいるか知る必要がある。毎日手紙を届けさせろ。」姜恒は苦笑せざるを得ない。「この子を殺す気?五日に一度ね。」

「三日。それ以上はだめだ。」姜恒はそれで手をうった。

界圭が馬を二頭牽いて王宮の外で待っていた。「行くね。」姜恒の目は急に潤んで来た。彼はひらりと馬に乗った。「ハンアル、お前のことを想っている。」

姜恒は振り返って寂しそうに笑った。界圭は黙ったままだった。落雁城市を出る時、姜恒はまた振り返ってみた。耿曙は城壁の上の高所で遠く遠く見送っていた。二人が小さな黒い点になるまでずっと。