非天夜翔 山有木兮 翻訳の練習 82

非天夜翔が好きすぎて自分が読むために200話翻訳しました。万が一同じような趣味のかたが読んでおもしろいと思って下さったら是非原作を正規のルートで手に入れて読んでみてください。営利目的ではありません。要求があれば、すぐに削除します。

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第82章 煉獄の火:

 

姜恒は全て脱いだ。界圭は一目見て腰の後ろに手を伸ばして触った。

「ここはどうしたんですか?」

「子供のころ火傷したんだ。」

「なんで火傷したんです?」

姜恒が大まかに説明すると、界圭はため息をついた。彼を寝台に横たわらせ、包みの一番奥に入っていた羊毛の毛布を投げた。毛布は何とか乾いていた。

 

そして姜恒が見ている前で、界圭も全て脱いだ。体の傷は顔よりも多く、左胸から肋骨の下まで、真っ赤なやけどの跡がある。それはもう何年も経っているようだ。太ももには数十本の刀傷があり、背中には矢傷があった。

だが、それ以外では、彼の体は細身で筋整がとれていて、とてもきれいだった。驚くほどの傷を除けば、界圭の体形は俊朗としか形容できない。威風堂々とした雄馬のように、筋肉の線は完璧に近い。

「どうしてそんなに傷を負ったの?」姜恒は聞かずにいられなかった。

界圭は体を拭き、服を干すと平然と振り返って、寝台に向かってきた。

「あなたのお父上を守って落ちたんです。」と界圭は淡々と答えた。

姜恒は意外に思った。「父は武功が優れているんじゃなかった?」

界圭は我に返ったように答えた。「間違えた。汁琅と言ったつもりだった。」

「汁琮も攻夫は強いのでしょう?」

「大体の時は。あれは汁琅が原因だったのです。」

「え?」姜恒は不思議そうに界圭を見た。

 

「寝ましょう。大事な人。」界圭は姜恒に添い寝するつもりだ。旅を続ける内、姜恒も慣れてきた。界圭は彼を守らなければならない。毎晩同じ帳蓬の中で寝るのは、彼のそばにいなければならないからだ。

姜恒:「……」

界圭は寝ている時、静かなのでかまわなかった。寝台にのると、界圭に横に来させ、二人に毛布をかけた。外では雨がザアザア振っているが、部屋の中はもう暖かくなっていた。

姜恒はふと界圭をからかって恥ずかしがらせてやろうと思いついた。

「前にも刀を携える侍衛、界大人よ、」

「ん?」実は界圭も同じようなことを考えていた。「太史官姜大人、何かご用命ですか?」界圭は振り向いて、姜恒を真剣に見つめた。

「あなたはもしかして私の叔母が好きだったんじゃない?」姜恒は彼を追い詰めたつもりだった。「秘密は絶対に守るよ。言って、言って。」

「いいえ、私は女性を好きにはならないので。姜大人。」

姜恒:「……」

界圭は言った。「実をいうと、私は越人なんです。知りませんか。越人は男風気質で、きれいな少年郎を好むのです。姜大人、誰もが塞外の氐(ディ)人を美しいといいますが、氐人少年が一番美しいとは言えません。私たち越人こそ、この世の芸術です。」

姜恒:「…………………………」

そう言うと界圭は毛布を開けて体を広げて見せた。

姜恒は顔を真っ赤にして、横を向き、何も見ていないふりをした。これでは自縄自縛ではないか。「そう、じゃあ私は寝ますね。」姜恒は言った。

界圭は面白がった。「あなたは未経験なんですか。」

姜恒:「う・る・さ・い!」

界圭は危険な感じに声を低めた。「教えてあげましょうか?いつかは学ぶことです。」

姜恒:「!!!」

「ああもう!」姜恒は界圭の胸に人差し指を当て、近づかないようにし、向こうを見よと示した。「目をつつかれないように気をつけて。」

海東青は翼の下に頭をしずめて暖を取っていたが、すぐに頭を上げて羽を広げ、攻撃態勢をとって、威嚇的に界圭を見つめた。

界圭は笑いながら姜恒を放した。「お兄上を怒らせられないし、彼がいない時には、鳥があなたを離れないとは。ちょっとからかっただけです。眠くなったら寝てください。」海東青はまたすぐに頭を翼の中に埋めた。

 

雨音は少しおさまってきたが、止む気配はない。塞北に雨季が来た。今後一か月は毎日雨かもしれない。だが、じめじめした天気が毎日続くことへの備えはしてきていた。室内では火が爆ぜるパチンという音だけが聞こえていた。

「ハンアル。」ふと界圭が静寂を破り、口を開いた。

「ん?」姜恒は振り向いて界圭を見た。

「誰もいない時、ハンアルと呼んでもいいですか。」

「いいですよ。」姜恒は笑顔を見せた。界圭とはもう特別な関係といえる。先ほど「ハンアル」と呼ばれた時も、唐突だとは全く思わず、むしろそれが普通だろうと感じた。

「人がいる時もそう呼べばいい。気にすることがある?」

「それは駄目でしょう。あなたは国家棟梁、そんな呼び方はできません。私は太后があなたにつけた護衛にすぎませんから。」

「あなたは物ではないのだから、太后が私につけたからってそんな風に言わないでよ。」界圭は納得したように、ふむ、と言って考え込んだ。

界圭と姜家、それに汁家の因縁は自分が思っていたより深いのかもしれない。

 

「私はあなたを何と呼べばいい?」

「名前で呼んでくれれば結構です。そのためにつけたので。私には「匂陳」という名前もあるのですが、呼ばなくていいです。あると知ってもらえれば充分。覚えなくて大丈夫です。眠れませんか?お茶でも淹れますか?」

「手を煩わせないで。」姜恒は暖まって気だるくなってきた。「おしゃべりでもしよう。」

このところずっと、旅をしているか、診察しているかだった。昼間は村や町の民の診察をし、夜には油灯をともして記録をつけていた。そして夜更けに倒れこむように寝ていたのだ。

「うん、おしゃべりか、もう長いこと私とおしゃべりした人はいません。いいですね。

恒児、何を話したいですか?」

「私は本当に叔母上に似ているの?」姜恒は好奇心をこめてきいた。

「雍国に来る前は変装していたでしょう。」界圭は聞いたことには応えず、姜恒の顔を注視した。何だかいらだちを感じる。「せっかく羅宣が変装術を教えたのに、なんで気を付けようとしなかったんです?」

「それが何か関係あるの?」姜恒は驚いた。

「まあいい、全ては運命だってことだ。」

姜恒:「???」

界圭はよく考えてから言った。「うん、笑うとちょっと似ています。」

「母とも笑うと似ていたのかな。」

「いいえ」界圭は言った。「昭夫人なら見たことがある。会ったことがないと思って私を引っかけるつもりですか。」姜恒は笑った。さっきから、なんだか会話がちぐはぐだ。

 

「伯母上はどんな人でした?彼女は優しかった?」

「いい人らしいです。あまり話をしたことはありませんが、そう思いますよ。私はあなたの……表舅、うん、表舅でいいかな?汁朗のことはよく知っていました。私たちは一緒に育ったのです、あなたとお兄上のように」。

 

姜恒はうなずいた。界圭は続けた。「彼があなたの叔母上と結婚してから、私はあまり彼のそばに行かなくなりました。代わりに耿淵が一緒にいるようになりました。その後耿淵も行ってしまった。私はまた近くに行きたいと思っていたけど琅児(ランアル)に腹を立てていて、何度か呼ばれても無視していました。次は行こう、次こそ、もう一度雍宮に帰って、昔のようになれるだろうと思っていたのに。もしあの日私がいたら、彼は死ななかったかもしれない。」

姜恒は眉をひそめた。「彼は……汁琅は病気で死んだのではなかった?」

界圭は「そうですか。私は知りません。風邪を引いたと言って、薬を飲んで、早く寝たと聞きましたが…」と淡々と語ったが、ふと我に返った。「私がいたら、風邪を引かせませんでした。そう、そういう意味です。」と言い直した。

姜恒は界圭を見つめた。界圭は上の空のようだった。しばらくして、姜恒は手を伸ばし、軽く頭を押した。「あなたのせいではないよ。気にしないで。」

「ありがとう」

 

「父は?父はどんな人でした?」

界圭は言った。「汁琅が死んだ日、お父上はもう北方にいませんでした。彼はすでに安陽で暮らしていた。黒剣を持って、彼のために雍国を敵とするすべての人を殺そうとした。私は急いで帰ってきたが、汁琅の最後を看取れなかった。」

 

そう言うと、界圭は振り向いた。「人が一番つらいとき、どれだけつらいか知っていますか。」姜恒はしばらく黙って考えていた。その苦痛を彼は経験したことがあった。羅宣が耿曙の骨を持ってきた時だった。「知っている。」

「本をたくさん読んでいるのでしょう。表現してください。私が知っているのは『肝腸寸断』という四文字熟語だけです。最初は分からなかったんですよ。肝と腸を切るってどういうことか。」「絞めつけられる苦しみ、痛くて息ができないってことです。」

「『心痛如絞』という言葉もあるでしょう。」

「うん……あるね。」

「しかしそれだとあまりにも弱すぎる。彼を失った辛さに比べれば、『肝腸寸断』なんて蚊に刺されたようなものです。痛くも痒くもない。でもそれより近い表現を考えつかないんです。」

姜恒は考えた末に言った。

「漫天の星河が今墜落し、煉獄の火と成り尽くす。見上げる勇気さえもない。天が崩れ地は裂けた。滄海が桑林と為す程の、長い長い時が流れた。」

 

「そうだ………。確かにそんな感じだった。今のはいい句です。書き留めておこう。」

界圭は素っ裸のままひらりと床を下りて紙に書きだした。字はぐにゃぐにゃのたくったようで、書きなれていないのは明らかだ。

「汚い字だ。」界圭は書きながら姜恒を一瞥した。「自分と同じで醜い。お笑い草だ。」姜恒は界圭の肩をぽんぽんと軽く叩いた。

「生きていて下さいね。」界圭は耳元でやさしく言った。「生きているって素晴らしいことです。あなたのためだけでなく、あなたを想う人のためにも。」

 

翌朝、雨が一旦上がった。界圭はこの間に道を急ごうと姜恒をせかした。だが、二人が山に入って間もなく、積んでいた物資を盗まれてしまった。四方八方、木の上、山之上、崖の上、全ての場所に弓を構えた林胡人がいた。千を超す弓矢が二人に向けられていた。大将の男が何か叫んでいた。

 

「あなたは風羽が伝えていることを理解していると思っていました。」

「私こそあなたは風羽の伝えていることを理解していると思っていたよ。あなたは王宮にいる武官でしょう。どうしてわからないの?私は来たばかりなのに何でわかると思うの?」

「あれはお兄上の鳥でしょう。あなたがわからないなら誰がわかるんですか?」

二人「……」

界圭はすぐに無言のまま剣を抜き出し、青錆色の武袍をまとったすらりとした体をたてにして姜恒を後ろに置いてかばった。山の如く誰にも近寄らせない構えだ。界圭の体中にある傷がいかにしてできたのか、姜恒には今よくわかった。

「先に逃げて下さい。私が彼らを消し去りますので。」

 

姜恒は空の端を見上げた。彼は耿曙と違って、探鷹とずっと一緒にいたわけではない。海東青の飛翔の軌跡が何を意味しているのか分からず、やりとりできない。今見れば、旋回する動作で、警告していたのかもしれない。前に敵がいると。

「彼らは何て?」

「荷物を置いてとっとと出て行けと。」

「あげればいい。」

「だめです。」

それでも界圭はやさしい方だ。耿曙だったら怒りを収めるためだけに手始めに何人か殺していただろう。

「もともと彼らにあげるつもりだったんだし。」

「だから同じことだって言うんですか?」

姜恒は界圭に戦ってほしくなかった。千人を超える弓隊が矢を放とうとしている。自分たちは馬と騾馬を連れている。逃げたとしても傷を負うだろう。

「彼らにあげて。」姜恒は界圭をひっぱって真剣に言った。「言うことを聞いて。」

そう言うと姜恒は界圭の前に出て立ちはだかった。界圭は信じられない思いで目の前の姜恒を見おろした。

「欲しければ持って行けばいい。」姜恒は高みに向かって叫んだ。「全部持って行って。元々あなたたちにあげようと思っていたんだ。私が必要なのはこれだけ!」

姜恒は荷物の中から冊子を一冊取り出した。旅の記録をつけたものだ。高みに向かって見せた。持ったら行って、と示したつもりだ。今の所誰も止めようとしない。

界圭は頭に血が上り、姜恒をどなりつけてやりたい気持ちをおさえて言った。「彼らは聞き取れませんよ。」

「聞き取ったよ。ほら見て、武器を収めた。」

たぶんこの中に漢語を理解できる人がいるのだろう。だけど話したくないのだ。雍人と彼らの仇恨はとても根深い。「いきましょう。」姜恒はゆっくりと後退した。界圭は言葉を飲み込んだ。姜恒は彼の手をひっぱって拳を撫でて言った。「行くよ。」界圭は姜恒の手をふりほどき、カンカンに怒りながら剣を収めた。剣を鞘に収める音が響き、彼の武力を印象付けた。

その音を聞いて姜恒は驚いた。こういう音を立てられる人はそうそういない。耿曙が李宏と戦った後と同じだった。内力を強くこめないと出ない音だ。さすが界圭、その名に恥じない。

 

界圭は姜恒の肩をついた。表情は暗く、ねじまがった顔が余計恐ろしくなった。

二人は山を下り、林の前まで来て座った。「きれいさっぱりだ。馬もなし、荷物もなし。」姜恒は笑い出した。界圭は眉をひそめた。

「海東青に手紙を雍都に届けさせ、お兄上を呼んで奴らを一掃させますか?」

「どうしてそんな?!彼らはどんな人たちなの?」

界圭は言葉に怒りを込めながら説明した。「一年ちょっと前に林胡を征服したんです。彼らの十余りの村や町を破壊して、灝城と落雁に移住させました。その時山の中に隠れて行った者も少なくなかったんです。今の千人みたいにね。あの時はどうしても見つからなかった。管魏は、彼らはどこかへ行ったと言いましたが、どこにも行ってはいなかったようですね。」

「雍人は彼らの土地を占領して、彼らの村を焼き払った。妻子と離れ家は壊され人が死んだ。それで、今でも彼らを殺し尽くさなければならないの?」

「あなたが殺さなければ、やつらがあなたを殺しますよ。蛮族には道理なんてないんです。」言いながら、界圭は一計を案じた。さっきは本当に怒り心頭だった。

「今日夜になったら、あなたは木の上で私を待っていて下さい。どこにも行っては駄目です。私はすぐに戻って、奴らを一掃してきます。あんな千人くらい、何でもないので。」

 

「界圭。」姜恒は突然言った。姜恒に真剣に名を呼ばれ、界圭は少し表情を変えた。

「そんなことしては駄目。だめです。わかった?」姜恒は真剣に言った。

界圭は何も言わず、複雑な顔をして姜恒を見つめた。

「彼らはすぐ私たちを訪ねて来るはず。殺すことでは解決しないよ。」

界圭は深呼吸した。姜恒は笑顔で言った。「賭けようか?」

界圭は急に気持ちが落ち着いて、四方を眺めまわした。何か面白いことを見つけたように。「賭けですか?」界圭の精神はいつもの状態まで回復したようだ。「いいでしょう。」

「日暮れまでに彼らはここにやって来る。」

「ほう?我々を殺しにですか?」

「いいえ、荷物を返すためにだよ。どう、信じる?」

界圭は首を振った。そんなはずはない。だが気持ちを切り替えて言った。「何を賭けます?」

「負けたら一つ私の質問に答えて。」界圭が海東青を送って落雁に救援させようとしているのはわかっていた。「私が負けたら一つ質問に答えるから。」

「よし。じゃあ、少し昼寝でもしますかね。」

姜恒は先に山の端の草の海に横たわった。ここ数日の雨で草地は清新な水気を帯びていた。界圭も横たわったが、すぐに苛立ちながら起き上がって、本心をぶちまけた。

「本気ですか?」

「うんーーーー」

姜恒は草をくわえ、目を開けて空を見た。「まずいな、また雨が降りそうだ。」

また雨が降ってきた。二人は木の下に隠れなければならなかった。幸いにも今日は雨だけで雷は鳴らなかった。空が暗くなってくると、界圭は「あなたは負けますから、あなたにしてもらうことを考えておきますね。」と言った。

「手紙を送る以外に何かあるの?」

「手紙も送るつもりですが、あなたを困らせることを考えると生き返るようです。」

「……」

しかしその時、遠くから突然叫び声が聞こえてきて、界圭はすぐに表情を変えた。

姜恒は好奇心いっぱいに木の下から見回した。