非天夜翔 山有木兮 翻訳の練習 87

非天夜翔が好きすぎて自分が読むために200話翻訳しました。万が一同じような趣味のかたが読んでおもしろいと思って下さったら是非原作を正規のルートで手に入れて読んでみてください。営利目的ではありません。要求があれば、すぐに削除します。

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第87章 曾家当主の来訪:

 

翌日、曾家の者が来た。来るだろうとは思っていた。自分と耿曙が城市に着いて一刻以内に曾家は報せを受けていたはずだ。だが、まさか、当主自ら足を運ぶとは思ってもみなかった。その者は名を曾松という老人で、汁琅と汁琮の父とともに朝廷に立った老臣だ。汁琅が後を継いでからは太傅として4年つとめた。汁琮が雍王となると、曾松は引退して封地へ戻った。その際、王朝を支えるために嫡男の曾嶸と庶子である曾宇を残して行った。

 

「王子殿下、姜大人、」曾松は姜恒を眺めまわした。「遠路お疲れさまでした。」

姜恒は野宿生活で埃まみれだった。食うにも困る苦学生のような容貌ながら、眼差しには光るものが隠せなかった。耿曙は短く頭を下げると曾松のために自ら茶を点てた。

姜恒は笑顔を見せた。「そうでもありません。このくらい苦労の内には入りません。曾侯は何か教えを賜りにいらしたのでしょうか。」

曾松は目を細めて言った。「とんでもない。姜大人はいつ頃お帰りになるおつもりですか?」

姜恒は数えてみた。すでに四か月たっていた。本気で雍国を歴訪しようと思えば少なくとも3年は必要だ。ただ、広大な大地に点々と人が住んでいるような場所に行く必要がないとすれば、この四か月間に主だった人口密集地は訪れている。5、6割は達成といったところか。

「間もなくです。」姜恒は大城市には行っていないが、そういった場所は朝廷も動向を掌握しているだろう。「もしかして、視察を終える前に曾候は私に何かお話があるのでしょうか。」

「汗塞夹岭(ハンサイジャーリン)という所にいらしたことはありますか。」曾松は意図してか否か、姜恒の横に置いてある冊子に目をやった。姜恒は彼が読めるようにと前に差し出した。汗塞夹岭、またの名を并山(ビンシャン)走廊は細長い山脈の間にひろがる広大な平原だ。塞外で最も耕作に適した地であり、衛氏封地の大城市、灝城の管轄範囲内だ。

 

「いいえ。この旅のせいで雍王にはずいぶんとご迷惑をおかけしているのです。氐人が并山走廊で耕作を始めて三十年あまり、他に比べれば安泰な場所と言えます。古傷に触れるようなことをしたくはないと思っています。」

曾松は姜恒の記録を真剣に読んだ。狡猾な老人は鋭い眼差しで言った。「姜大人が灝城一帯で活動するのに役立ちそうな経済や商業の調査報告書をお持ちしました。30年前、私もこういうことをしようと思ったのですが、大きな抵抗を受けました。それに私は曾家の者として、王陛下の前で話しにくいことも多かったのです。」

界圭が顔をあげて嘲るように言った。「自分が言えなかった話を他の人に言わせようというんですか。それはちょっとずるいんじゃないかな。」

灝城は衛家の地盤だ。曾松の話には何かひっかかることがある。界圭も、借刀殺人(兵法三十六計:代理戦争みたいな)にならないようにと注意しているのだ。

曾松は笑った。「界大人、ご冗談を。皆、雍国の臣下です。こういうことは、誰かが言わねば。」ずっと黙っていた耿曙も気づいた。「あなたには息子が2人いるのに、どちらも言わないではないか。」

 

曾松は笑いながら姜恒に視線を送った。わかりやすい。取引を持ち掛けているのだ。ずばり、灝城に調査に行って衛氏の古傷を探るのが条件だ。

「山陰には林胡人がたくさん来ているようですね。」姜恒は言ってみた。

「そうなのです。」曾松には姜恒が交換条件を出してきたのが分かった。

「今の朝廷での林胡人の扱いはいいとは言えませんな。」

「ふるまい酒には手を付けず、罰酒なら飲む人達ですから。(懐柔策は有効でなく、強硬策でのみ言うことをきく)」姜恒が言った。

耿曙は何か言いたそうだったが、姜恒は首を振った。『まだ何も言わないで。』

曾松は一笑した。「林胡人は最低の奴隷扱いです。その状況は今後十年たっても変わらないでしょうな。」

林胡人は各城市に連れていかれてから奴隷として使われる。朝廷は一応人身売買を禁じてはいるが、各城市では奴隷は闇取引されている。やっているのは殆どが風戎貴族と漢人だ。

「彼らを家畜扱いしないでほしいものです。」

「それは難しいでしょう、姜大人。ご存じのように今の王陛下から見たら、全ての者が家畜同然ですから。彼らと大して違いありません。」

 

界圭は笑い出した。こんなことは普通の人には言えない。三王朝に渡る老臣である曾松でも落雁にいた時に汁琮の面前で指摘することはできなかったことだ。

「極力家畜扱いしないように。」

「あなたがあの方たちを説得できるか見ものですな。」曾松は考えながら言った。「努力はしましょう。私の力の及ぶ範囲内で少しずつ彼らを解放し、故郷の生活に戻らせる、それは可能です。朝廷の注意を引かないようにできればですが。」

姜恒の心の中で取引は成立した。「姜大人が一年前、汗塞地区で起きた氐人の反乱について詳細に調査し、朝廷に報告していただければと思います。」

「力は尽くしますが、状況を見てみなければ。」

 

曾松は慇懃な態度で頷いた。賢い人は話が早い。姜恒との取引はいともたやすく成立した。姜恒は汁琮の特使にでもなったような気分だった。これから行った先でいったいどんな秘密が暴かれようとしているのだろう。

「愚息どもは頑固な性格で。王子殿下、どうぞ彼らをよろしくお願いします。」

「ご心配なく。」耿曙は答えた。曾松が心配しているのは次男の曾宇のことだろう。

曾宇は考えなしな男で、汁琮への忠誠心は厚いのに時々頑固で融通が利かない。そういう人間は得てして一生功を建てるのが難しいものだ。うまく物事を処理することさえ難しい。

姜恒は曾松を見送った。耿曙と山陰に来て間もないというのにもうこの町を出て行かなければならない。最後の目的地灝城へ行かなければ。

 

―――

塞北で風戎人が散らばって暮らしているのとは異なり、塞外東方の大半の地域に住む氐人の村は他の村々とつながっていた。ここは、農耕が最も発達し、最も実り豊かな場所である。汗塞一帯は土地が肥沃で、産出した食糧米は、雍国の人口の7割近くを養っていた。

 

「変装しないとね。」姜恒は今回、旅医者になるのはやめることにした。

「塞外を旅している間に、たくさんの人を警戒させてしまった。そろそろ身分を変えないと、調査に影響してしまう。」

「この辺りを回ったらもう帰れるのか?」

ここが姜恒の最後の歴訪地になるだろう。既に秋に入り、半年の期限は迫っている。

これ以上は難しそうだ。

「王都に戻って、この手紙を汁琮に渡して。」姜恒は界圭への不信感を完全に消し去ったわけではなかった。すぐにでも去ってほしいと思う。

「私はもう用無しですか?つれないですね。一緒にいた時は、叔父上~と呼んで仲良くしてくれたのに、用が無くなったから、とっとと帰れと?」

「そうだ。」耿曙はおもしろくない。「さっさと行けよ。何をべらべらしゃべっているんだ。いつもはそんなに口数が多くないだろう。」

落雁に帰って私を待っていて。この前のことについては、もうあなたと言い争うつもりはない。」

「それでいいです。」姜恒がお互いに歩み寄ろうとしていることが界圭にもわかった。

もう恨んでいるわけではないようだ。

耿曙はずっと界圭がきらいだった。太子瀧が彼を嫌っている影響でもある。界圭は汁琮や姜太后に告げ口をするのが好きで、太子瀧に対する敬意は全くなかった。

「奴は汁琮に何て言う気だろうな。」界圭が去ったのを見届けた後で耿曙が言った。

「別に報告されたて困ることは何もないから。」姜恒は笑った。

 

広大な野に果てしなく広がる空。秋になって気候は涼しく爽快になっていた。

姜恒を乗せた車は山陰を離れ、東南にある灝城に向かった。界圭が行ってしまったので、御者役は耿曙に換わった。

耿曙は練兵を終えたらすぐに戻ることになっていたはずで、今頃また朝廷は大騒ぎになっているだろう。だが、耿曙はついて行くと言い張っており、戻らせることはできなかった。

沿道の楓がだんだん色づいてきた。塞外の楓林だ。また一つ絶景を見られた。姜恒は書き留めておくことにした。この冊子の細かな記録は既に二十万字にもなる。人々の暮らしや国土についてはもちろんの事、人から聞いた話、自分で見たことーーー鉱物がある場所、肥沃な土地などについても詳細に記載されていた。

中でも鉄、黄金、火油の地脈については、今の雍国にとっては大変重要だ。

界圭が去ってから、耿曙が彼の立場を引き継ぎ、姜恒のためにお湯を沸かしお茶をいれている。二人は楓林の前に馬をつなぎ、焚火をした。

 

「界圭があんなに話すのを見たことがないぞ。」耿曙はうれしくなさそうだ。

姜恒は笑い出した。「あなただってあまり話さないでしょう。人のことが言えるの。」

耿曙はお湯を沸かした。姜恒は楓林の景色について、修正しながら、絵を描くような描写を冊子に書き続けた。耿曙は起こした火の後ろに座ってぼんやりしていた。

遠くで哨の音が響き、耿曙はすぐに警戒して立ち上がった。

姜恒は遠くを見てから、耿曙に言った。「大丈夫だよ。」

「風戎人だぞ。」

耿曙の部下には風戎戦士も多く、すっかり慣れていたが、ここで身分がばれるのはいやだった。やって来るのはいつもの連中、孟和と風戎貴族だろうと姜恒は推測した。

「ああ、あれは馴染みの友達なんだ。」耿曙は立ち尽くしている。姜恒は彼らには道中何度も会っていることを説明した。これで四度目だ。「孟和?どこかで聞いたことがある名だな。」

孟和は今回、黒い長袍に身を包んでいた。編み下ろした髪には夜明珠をつけている。

騎馬した仲間を十人連れて来ており、楓林まで来ると大声で騒ぎだした。その場に緊張が走った。姜恒は孟和が自分たちに対して面倒を起こしに来たのではないことはわかっていた。

「彼は何だって?」

「林に熊がいるから、俺たちに早く逃げるよう言っている。」

姜恒は海閣山で暮らしていたので、熊の怖さを知っていた。早く逃げなくては。孟和は仲間を連れて楓林に来て二人を取り囲み、守ろうとしていたのだ。

耿曙は風戎語で何か言った。孟和は少し意外そうだったが、頷いて答えた。

姜恒は傍らで不思議そうな顔をしている。

「どうやって俺たちの居場所がわかったのかって聞いたんだ。彼が言うには、あいつらの海東青が、俺たちの風羽を見つけたんだそうだ。」

「どおりで。旅先でいつも会うわけだ。」

 

風羽はいつも近くを守っていて自分で餌をとって食べていた。ただ何か警戒すべきことがあれば知らせてくる。楓林の中に熊がいたのに、風羽はどうして警告してこなかったのだろうと耿曙は疑問に思った。

耿曙は自分の身分はもう隠せないだろうと思った。雍国王子が海東青を使うことは塞外ではよく知られていた。そこで開き直って口笛を吹いた。風羽がすぐに空から降りてきた。

孟和も口笛を吹き、もう一匹、そっくりな海東青が降りてきた。二羽の海東青はお互いを見合っていた。すぐには区別がつかなかったが、風羽の足は金色をしていて、孟和のはつま先が黒いことに姜恒は気づいた。

孟和は耿曙に一礼し、姜恒の様子を見た。こんなふうに礼儀正しくされるとかえってよそよそしく感じてしまう。耿曙は孟和に堅苦しくしないようにと合図し、剣を抜くと楓林の奥に入って行った。姜恒も好奇心を持って後をついて行った。

「熊が来たら死んだふりをすればいいって師父が言っていた。」

「ばかばかしい。それじゃ熊に踏みつぶされて死ぬ。木に登ればいい。これだけ人間が多ければ恐れることはない。熊の方が逃げていくさ。」

孟和の部下は楓林の中に散った。各々が弓矢を持って林の奥へと入って行った。

だがすぐに風羽が知らせてこなかった理由がわかった。大きな熊はすでに死んでいたのだ。人の背丈くらいの黒熊がわなに足を挟まれていた。狩人がしかけておいたのだろう。罠にはまって餌が取れず餓死していた。近くには子熊が二頭いて母親の死を知らずに、じゃれ合っていた。母熊は死んで間もないのだろう。体はまだ暖かく、子熊は乳が欲しければ飲むことができ、飲んだ後は林の中で遊んでいた。