非天夜翔 山有木兮 日本語訳 第22章

非天夜翔 山には木があり

第22章 洛陽の焔:

 

姜恒は警戒して刺客を見たが、答えなかった。

その男は項州よりも背が高く、左手に鋭い鉤をつけていて、いつでも人の腹を裂くことができそうだ。まるで夜に魂を追い求める鬼のようだ。

刺客は、「王はあなたに何か重要なものを渡しませんでしたか。」と言いながら、姜恒の懐を見た。そこには黄色の布で包まれた金璽の輪郭があった。

 

男の顔は眉毛があるべきところにつるつると毛が全くなく、目を上げると、死んだような白目が現れた。「坊や、王はあなたに何か渡していないかな。」

姜恒は再び後ずさったが、背中が木にぶつかり、それ以上退くことができなかった。

だが姜恒は冷ややかに言った。「そんなに欲しいなら、どうして自分で天子にもらいに行かないんです?あなたにも怖い人がいるようですね?」

 

刺客は、見た目は少年にすぎない姜恒が、こんなに老成しているとは思わなかったようだ。自分を恐れないだけでなく、軽蔑に満ちた様子を見せている。

「ほう、面白い。年若くして太史官になるだけのことはありますね。」

 

「何であれ、あなたに渡すつもりはありません。あなたは肝が据わっているようだ。力づくで奪っても、私を殺してもかまいませんよ。」そして、姜恒は刺客に向かって一歩踏み出すと、ささやいた。「ここにいるのはあなたと私二人だけ。天下の誰も知らない。奪って、

あなたの主人に渡せばいい。これを得れば、どの国君でも、天下を正統に継承することができ、あなたも大きな功績をあげることができますよね?」姜恒は眉を上げて、意味ありげに言った。「ただ私がいなければ、天子の遺詔を継いだことにも、天子が自ら授与したことにもならない。そのことは考えましたか。各国から征伐され、亡国の末路をたどることになるんじゃありませんか。」

 

刺客の顔色が少し変わった。姜恒は軽い一言で急所を突いた。諸侯国が欲しがっているのは、天子の正統性を象徴する継承権であった。各国はそれぞれ数世代にわたって遡れば、王室と縁つづきの関係にある。金璽は誰もが欲しがっている。それを手に入れれば、諸侯国に号令する大義をえるからだ。

 

しかし、姫珣の臨終の指名がなければ、それは奪いとったものなのだから、また別の意味を持つ。必然的に各侯国は他のことはさておき、手を組んで討伐してくるだろう。

刺客は明らかに来る前に忠告を受けていたようで、一時奪い取るか否か考えあぐねた。

しかし、次の瞬間、もう迷う必要がなくなった。強い風が一瞬にして襲ってきた。

姜恒はすぐに退いて、木の後ろに身を隠した。人影が現れ、血の花を飛び散らせて、刺客に襲い掛かった!

 

「遅かったか。」項州の殺気を帯びた無情な声が覆面を通して聞えた。姜恒の目に、突然空一面の雪花が映った。刺客は果敢に身を翻し、手の中の刺鉤がきらめいた。項州は一歩で壁に上り、さらに2歩で壁を下りまっすぐ走りながら、剣を抜いた。

チャリンという音がした。項州が手首を震わせると、数珠が飛び散った。空いっぱいに花や雨が降っているかのように!刺客は再び退き、壁の後ろに飛んで、手で着地した。項州は壁に足を踏みこんだ。

 

閃光を放ちながら、短刀が木の後ろの姜恒に向かって飛んできた。

項州はもう目の前にいて、素手で姜恒に向かって飛んできた短刀をさえぎった。

手から血が滴り落ちた。鋭利な短刀は、彼の掌を突き刺し、骨に遮られた。

姜恒が大声で叫ぶと、刺客は狂ったように笑い、壁の後ろに消えた。

項州はそれ以上追いかけず、足を止めた。

 

姜恒は木の後ろから飛び出した。項州は眉を深くひそめ、手のひらにささった短刀を抜くと地面に投げた。

姜恒はすぐに襟元を裂いて、彼のために包帯しようとしたが、項州は姜恒の肩を片手に抱いて、「暗殺は失敗した。申涿(シェンジュオ)に剣を与えたが、彼が死んだかどうかは分からない。俺は太子霊(リン)を軽視しすぎていたし、雍軍も着いた。全くもって予想外だった。彼らがこんなに早く来るとは。行くぞ!」と言った。

 

「耿曙は?!」姜恒は項州の腕を担いで、片手を彼の腰に回した。項州はよろよろして、

呼吸が重い。「町を出て彼を探そう。西門を出たら、哨を吹いて合図を……」

「血がたくさん出ている!」姜恒は大声で叫んだ。

項州の肩、肋骨の下はすべて矢傷で、血液は彼の夜行服に沿って流れて、彼のほっそりした体の半分を染めていた。紫と黒の血は雪の中に滴り、手にできた新しい傷からは、真っ赤な血が絶えず滴り落ちてきた。呼吸も苦しそうだ。

 

「俺はもう動けない。君は…」彼は姜恒を先に脱出させようとしたが、四方八方、反乱軍だらけだ。姜恒は自分を守れない。もし追いつかれたら、きっと雪の中で乱矢に撃たれて死んでしまう。自分なら力尽きかけていても、普通の兵士となら辛うじて戦える。

姜恒は項州の言葉をさえぎった。「薬を探さなければ。まずは止血するね。」

項州は「大丈夫……心配ない……あそこに車がある……見えるか?」と言った。

姜恒は薪を運ぶ小さな車を見た。急いで項州を支えて行くと、彼を車の上に寝かせた。

そして車の縄を自分にかけて、引っ張った。

項州はうなり声をあげて頭がぐったりと落ちた。最後の力を振り絞っている。姜恒は焦って言った。「きっとよくなる。でも先ず薬屋に行かないと。」

項州は声を震わせて言った。「先ず町を出よう。……10日前、私は先生に手紙を送った。彼はもうすぐ来る。彼が駆けつけさえすれば……」

「誰?」姜恒は振り返った。

項州は顔色が青白く、木車は彼の血であふれている。血はさらに車輪に沿って下に流れ、雪の中に2つの血染めの轍印を残した。

 

軍馬が突進してきた。姜恒は危うくひっくり返されるところだったが、軍馬はすぐに向きを変え、項州の前に立ちはだかった。

それは黒い戦鎧をまとった雍国騎兵だ。馬を疾走させ、梁国歩兵2人を追いかけ、背後から回転刀を飛ばした後、その場で斬り殺した。

騎兵は背が高く、頭盔をかぶっており、姜恒と車に横たわっていた項州を見た。

「彼を連れてきて」項州は低い声で言った。手には銅銭をにぎっている。

姜恒は人生で初めて、死が目の前にある、と感じた。

騎兵はためらっているようだ。この子を殺すべきかどうか。その時遠くから太鼓の音がして、全城の雍軍を呼んだ。騎兵は馬を御して離れた。城市のあちこちで火事が起きていて、あちこちに略奪する梁軍と鄭軍がいた。

 

彼らが城に入る時に受けた指令は、天子を奪うことだったが、なぜか天子は本殿を燃やした。狼の群れのような鄭軍は利益がないのを見て退き始めたが、次を求めて宗廟に行き、王権を象徴する9つの巨大な青銅鼎を奪い合った。

しかし太宰には準備ができていた。宗廟を燃やしたのだ。

王と共に滅び尽くすという、極めて惨烈な行為により、晋天家の歴代宗廟は火に焼かれた。青銅鼎は烈火の中で銅水と化し、連合軍が宗廟の門を開けた時、銅水は怒海の如く流れ出た。

(銅の溶解温度は1085度とかは、この際忘れよう。いや、作ったんだから溶かせるか。)

 

真っ赤な銅の水は、既に灰になっていた太宰を巻き込み、晋臣たちの怒りと天罰のように高台から押し寄せた。遺体、鮮血、烈火……洛陽の火勢は本殿、宗廟を中心に皇宮全体に広がり始め、皇宮に突入した軍隊を飲み込んだ。解任された兵士と庶民たちは洛陽を脱出しており、残り数百人の老臣は残って、壮烈に殉国した。

この日、何千人もの洛陽の人々が、家材を引きずって郊外に出て、彼らの天子が火の海に葬られるのを眺めていた。

姜恒は剣を拾い、車縄を引いて、城北を何とか通り抜けたが、激しい煙で咳が止まらなかった。「誰かが追いかけてきた」姜恒は声を震わせた。

彼は北城門を離れた。項州は昏睡状態だった。手には竹笛が握られていた。

 

―――

霊山峡谷では、10人以上の兵士が協力して、王都の銅時計を崖の上に架けていた。

この年何度か積もった大雪で、山嶺は雪を留める限界に達していた。

兵士が「耿大人、梁軍が町に入ったので、私たちは行きます。家が城市内にあるのです。」と言った。

「行ってくれ。」耿曙は息をつくことができない。遠くの洛陽城市では燃えさかる火が光を放っていた。「みんな行ってよし。」

「撞柱がありません。どうしますか?」兵士が聞いたが、耿曙は答えなかった。

 

兵士たちは次から次へと耿曙に拝礼して去って行った。耿曙は頭を下げて趙竭の最後の血書を見た。寒風の中に放すと、血書は風に沿って飛び、霊山峡谷の雪の中に落ちた。鐘が鳴れば、すべてが終わる。天下に宣言するのだ、晋は亡国となったと。

王宮は火事になったのだろうか。夜で何もはっきり見えない。彼は何度も銅時計を捨てて帰りたいと思った。しかし、項州の約束の一言が彼を支えている。彼は城壁を越え、夕暮れの頃、洛陽に来て、耿曙に向かって言ったのだ。「俺は彼を守る。きっと守る。」

これまでの項州への信頼からか、世の中にはもう一人、昭夫人への約束を守っている人がいるとわかったのかもしれない。そうでなければ、はるばる洛陽に来るはずがない。

理由は一つ。項州は城が破れても姜恒がまだ城中に残り、母を待っていて、反乱軍の中で命を落とすことを恐れたのだ。『必ず生きて逃げてくる。』耿曙は心の中で言った。

 

梁軍と鄭軍は城門を破ったが、雍軍は瞬く間に、急進軍で南下した。『雷鳴に耳を覆う暇がない』とはこのことだ。これはすべての人が予想していなかったことだ。趙竭は雍軍が関を出たという知らせさえ受けていなかった。理由はただ一つだ。雍軍が誰にも知られないようにしたのだ。雍軍はもう20年も玉璧関を出ていない。汁琮(ジュウツォン)は四国連合軍が集結する前に、早さを武器に打つつもりだった。彼らすべてを洛陽で打ち、殲滅するのだ。

天子を連れ帰れなかった以上、洛陽の庶民が死のうが生きようが、彼らにはどうでもいい。先に使者を派遣して知らせてある。目的はすでに達成していた。

 

目下の洛陽は、鉄の籠のようだ。天子から豚犬に至るまで、天にも地にも逃げ場はなく、彼らを待っているのは、地を巻く混戦のみだ。すべての人はこの城市の中、中原四国の蹄鉄の下に死ぬ。しかし趙竭は、自分たちが火の海に葬られる時には、連合軍にも痛ましい代価を払わせるつもりだった。彼らを見逃すことはできない。自国の軍隊のために、北門からの道を開けておいた。この道では、耿曙がたった一人で六百年の晋天下の鐘を守っている。

ーーー

姜恒はよろよろと、車を引きずり、顔は真っ黒になった。姜恒は振り返って、項州に言った。「敵でいっぱいだ!通れそうにないよ!」西門には矢が降り注いでいた。

鄭軍は最初の交戦で遅すぎたことに気がつき、残兵を片付け始め、雍軍と膠着したシーソー戦を繰り広げた。同じ頃、梁国が東門から一気に突入し、鮮血が通りに敷き詰められた。

南門からは雍国が突入したところで、姜恒は流星のような火炎缶が城内に飛んでくるのを見た。

遠くからラッパの音がして、別の国の軍隊が駆けつけた。「代」軍旗が城楼の上に翻った。しかし、代国は入城しない。城内の三国を混戦させ、すべて火の海に葬ると決めたのは明らかだ。(さすが卑怯な代国)

姜恒は叫んだ。「項州!項州!死なないで!」

項州は昏睡状態に陥り、血は流れなくなった。姜恒は彼を揺らして抱き上げようとしたが、項州の体は重い。姜恒は火炎缶をよけた。西門が倒壊した。その瞬間気づいた。

城を出ようとすれば、自分はまず必ず戦馬に踏まれて死ぬ。

彼は振り向くと車を引き、全力を尽くして逃げた。

 

遠くからラッパの音がして、雍軍が家を押し倒し、北門に向かって突き進んだ。鄭、梁、雍三国は危険に気づいて撤退を始めた。姜恒はその流れに従って、よろよろと、

北門を飛び出し、山に逃げた。

続いて、また新しい援軍が駆けつけ参戦した。瞬く間に三国の兵は敗れ、馬がぶつかりあい、嗄声を上げた。姜恒は目を背けなかった。逆に視界がはっきりし、瞳に城外の広大な霊山を映し出した。霊山は雪で真っ白い松林を抱いていた。静謐無比で、まるでその空霊の世界には神が住んでいて、行き場のない人間たちがやって来て、雪山に救いを求めるのを待っているようだ。

 

洛陽の人々は先を争って城を脱出した。最後に駆けつけた郢、代二国大軍は城中に突入し、雍軍を追討するという理由で陣営を問わず、兵士を見れば斬殺した。

大軍が潮のように流れ、姜恒の世界全体が静かになった。蹄鉄の響きや山野の振動が遠く離れたところでおきているように。

 

「項州?聞こえる?」項州は答えなかった。車の上に横たわり、片手を車輪の前に下げ、血がポタポタと垂れていた。姜恒は喘ぎが止まらなかったが、哨を口にくわえ、力を入れて吹いた。だが「ピーピーピー」という哨の音は、たちまちこの山を揺るがす混戦に埋もれてしまった。

 

―――

霊山の孤崖、耿曙は背負った黒剣を抜き、谷間に押し寄せた10万人近くの敵軍を眺めた。雍軍、鄭軍、梁軍、三国の兵員はみな狂ったように殺戮し合い、霊山峡谷の出口を占領した。出口を占有し、敵を迎えうつためだ。

洛陽が燃えた後、黒い灰が空いっぱいに広がり、そこに太陽が昇ってきた。

千年余りの王都の本堂はついに燃え尽き、崩れ落ち、天地を揺るがす大きな音が聞こえてきた。耿曙は息を吸い上げ、黒剣を持った。鈍剣の鋒で古時計を指し、その身に運を呼び込もうとした。

「ド――ン!」

一元復始、万象更新。(再び一年が始まり、全てが新しくなる)

鐘の音は天地を震撼させ、広々とした山並みの間に大きな音を伝え、神州の大地全体を呼び覚ました。

 

すべての兵士が続々と頭を上げ、高所を眺めている。

「ド――ン!」第二音が響いた。耿曙は持てるすべての力を、古時計にぶつけていた。

雍軍将校が何かに気づいたように、頭を上げて、霊山の2つの主峰を眺めた!

 

「ド――ン!」第三の鐘が鳴り、目に見えない大きな力のように、横に流れて行った。

山の果てのヒマラヤスギが雪の粉をバラバラ落とし、山頂の積氷が崩れた。

続いて、耿曙の剣が巨大な鐘の綱を断ち切り、鐘は山頂から転がり落ちた!

余韻が止まらず、ボンボン鳴ったが、すぐに別の天地を破壊する振動にかき消された。

耿曙は剣を収めて背に戻すと、崖を飛び降り、姜恒の行方を探しに行こうとした。

 

その瞬間、古時計の余音と雪崩の滔天の大きな音の中で、かすかな哨の音が聞こえた。

哨の音がぴたりと止まった。身を刺すような寒気が頭から足にかけて、耿曙を捕えた。

彼は震えて、峡谷の中を眺めた。

 

姜恒は、肩に食い込んだ縄に痕を彫られながら車を引き、ぼんやりと首を回して、崩れる山頂を眺めた。雪崩は1本の線を形成して、うなりながら沿道の松林、巨石を飲み込み、あらゆるものを挟みこんで、峡谷の中へと押し寄せていった。

姜恒の口から哨が地面に落ちた。「兄さん、」姜恒は、自分の人生の最後の瞬間が来たことを知った。

「恒児(ハンアル)――!」耿曙は咆哮した。

瞬時、姜恒は振り向くと、車を引き、峡谷の中に全力を尽くして突き進んだ。

耿曙を遠くに行かせ、助けに行くという考えを断ち切らせるためだ。

「降りないで!」姜恒は走りながら振り向いて叫んだ。「来ないで――!あなたは私を救えない――」

耿曙は崖を突き進み、松の木にぶつかった。四方から矢が雨のように襲ってきて、彼の頭、体、すべてから鮮血が流れたが、姜恒に向かって突き進んだ。

「行って――!行って!」姜恒は耿曙を説得できないとわかると、すぐに車を引きずって反対方向に走って行き、「来るな!」と叫んだ。

耿曙「……」

 

耿曙は姜恒からまだ千歩離れている。姜恒は兄の命を保つために雪崩の方向に突進し、振り返って彼を見ることもしない。

耿曙は黒剣を手にして、斬りまくった。流れに逆行して、できるだけ早く姜恒のそばに着くためだけだ。

しかし、瞬く間に、逃げてきた軍馬にぶつかって地面にひっくり返され、飛んできた矢に突き抜かれた。矢は更に多く飛んできて、木に釘付けにされた。

耿曙は肩甲を貫く矢を握り、ずきずきする痛みをこらえて、それを一気に折った。

姜恒は振り向いて、再び耿曙に向かって走った。雪崩は彼から50歩も離れていない。

逃げられない。二人は遠くからお互いを見るしかなかった。

耿曙の唇が動いた。眼差しには絶望の色しかない。

姜恒:「……」

その瞬間、すべての音が消えた。雪崩が押し寄せ、一瞬にして姜恒の頭上を過ぎていった。耿曙は目を閉じ、抜いた矢をつかむと、地面にひざまずき、逆手で矢を自分の心臓に向けた。

 

奔馬に踏みにじられるが如く、十万近くの乱軍が雪崩の下で散り散りに狂奔し、再び耿曙を突き返し、峡谷の出口に向かって走っていった。

耿曙の鮮血が雪地を赤く染めたが、すぐにより多くの雪に覆われた。両側の谷はその中心に向かって更に多くの雪が崩れ始め、雷鳴の如く轟いた。

 

晋恵天子二十九年。

天子姫珣(ジシュン)崩御、六百年続いた晋天下は終わった。

 

新年最初の日、雍、鄭、梁、代、郢、五国が洛陽で戦い、王都はすべて焼かれた。10万連合軍は雪崩の下、霊山峡谷に埋もれた。世に静けさが戻り、千里の雪の上に、再び小雪がさらさらと降り始めた。数丈の深雪の中はに、軍馬とその主人が埋まっていた。

無数の折れた松の枝は、雪の下に埋もれた10万人の墓石のようだ。

 

山並無稜、冬雷震動、天地合(上邪)

 

春が来れば、氷雪が解ける。すべては地中に埋もれ、桃の花はいつもと変わらず晴れやかに咲き誇るだろう。

――巻一・十面埋伏・完――