非天夜翔が好きすぎて自分が読むために200話翻訳しました。万が一同じような趣味のかたが読んでおもしろいと思って下さったら是非原作を正規のルートで手に入れて読んでみてください。営利目的ではありません。要求があれば、すぐに削除します。
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第88章 すもう:
孟和は手をあげて、弓をしまえと合図した。姜恒はため息をついた。母熊の死体を調べていたら、二頭の子熊が彼の前と後ろについてきた。
「気をつけろよ。」耿曙は姜恒がひっかかれるのではないかと心配した。だが、子熊たちは姜恒にまとわりついたり、抱き着いてきたりと全く人を恐れていない。
姜恒はそれを見て心が痛んだ。「何か食べる物をあげようか。」
風戎人は危険がないのがわかると去って行った。孟和と耿曙は何か話していた。「山陰城を出た時から俺たちに着いてきたそうだ。どこに行くのかと聞いている。」
海東青がいる限り、自分たちの行先はどのみち彼らに知れる。姜恒は真実を告げた。
「まだ爪が出て来ていないね。」姜恒は子熊の一頭を抱いて前足の裏を見た。もう一頭も確かめた。皆営地に戻ってきていた。孟和は二人のじゃまにならないように、二十歩はなれたところに設営した。
姜恒は少し奇妙に思っていた。「彼はどういう人なんだろう。どうして私に着いてくるんだろう。」「お前が彼らの部族の治療をしたからお礼にお前を守って送り届けたいんだ。」
姜恒は一頭の子熊に乳酪を食べさせた。ちびすけは大喜びで何度か噛んで飲み下した。
もう一頭はそれを見ていたが、耿曙の方を向くと抱いてもらおうと膝に上り始めた。
「二人兄弟だな。」
「うん。」
姜恒に餌をもらった後、ちび達はあちこち走り回り、二人と風戎人の間辺りで追いかけっこをしたかと思うと、転げ回って相撲をとった。
風戎人もおもしろそうに幼熊に喝采をあびせた。
「俺たちは連れて行けないぞ。彼らに頼めるか聞いてみようか。」
姜恒は頷くしかなかった。熊たちを連れて行くことはできない。一か月もたてば大きくなってしまうだろう。自分でも食べられない時があるのに、兄弟子熊の腹を満たすことは難しい。
ましてや落雁王宮に連れて行くなど全く不可能だ。
耿曙は孟和に相談しに行った。孟和は頷いた。子熊たちを養う、勿論いいよ。成長したら山に返せばいい。二頭の子熊はひとしきり転げ回った後、姜恒の所に戻ってきて火の近くに伏せた。風戎人は酒盛りを始め、二人にも進めてきた。耿曙は断りたかったが、考えた末、馬乳酒を受け取り、少し飲んだ。「強い酒だぞ。」耿曙は姜恒に一口だけ与え、たくさんは飲ませなかった。むこうでは歌を歌いだしていた。孟和がひどいだみ声で歌うのが聞こえた。「山ニワ木ガアリ、木ニワハ枝ガアル。」
姜恒は笑い出した。風戎人が漢人の歌をうたえるなんて。
「なんという日、王子と船に乗るなんて。」姜恒も応えた。
孟和は今の一句を覚えようと何度も繰り返した。風戎人は酔っ払い、空き地に円を描いて、相撲をとり始めた。
まだ早い時刻だ。姜恒と耿曙は彼らがそれぞれ楽しんでいたり、拍手喝采したりする様子を見ていた。見ている姜恒もただ楽しかった。耿曙は馬をつないだ杭の上に座って、片手を姜恒の腰に回していた。外套の上から腰をなでる。まるで子熊の毛をなでつけるように。
二羽の海東青は各々の陣営にとまって、遠くからお互いを見ていた。
「彼らの鷹はオスなのメスなの?」姜恒はふと思った。もしかして風羽にお嫁さんを持たせられるかも。「両方ともオスだ。」耿曙は姜恒の考えを読んだ。「余計なことを考えるなよ。一緒にしたらケンカになる。距離を保った方がいい。」
しばらくすると、風戎侍衛の多くは休みに行った。酒を飲みすぎた孟和が営地を出て来た。上半身の武袍を脱いで腰のところに結び、白い上半身を露出させると耿曙に何か叫んできた。通訳するまでもなく、姜恒にも推測できた。彼らは耿曙と相撲をとろうというのか?!
耿曙は姜恒と一緒に過ごすだけでよく、付き合う気は全くなかった。めんどうだ。
だが、さっさとやっつけた方がいいかもしれないと考えた。
「俺と奴とどっちが強いと思う?」
「うーん、…武功なら、あなたは天下第二……今は第一位だ。だけど風戎人は小さい頃から相撲を取ってきているでしょう。聞道に後先あり。術業に伝攻あり。(師説by韓愉)
何とも言えないな。」
耿曙は、最初は断ろうと思っていたが、姜恒のこの言葉を聞くや、さっと立ち上がって上着を腰に縛り付けた。孟和は相撲の姿勢をとり、耿曙も礼を返した。皆はやんやと盛り上がった。
姜恒は手に汗を握った。訪れてきた村々で、風戎青年男子が相撲をとるのを見て来た。誰も皆とても強かったし、相撲を教える人もいた。姜恒だって武芸を習ったこともあり、普通の大人相手ならまあ問題ない。だが、相撲となると話は別だ。投げ落とされて土を噛んでしまうかもしれない。一回戦で負けてしまうのではないだろうか。
「遊びでやればいいよ。あまり真剣にならないで。」
「わかっている。」
すぐに大歓声の中、孟和が豹のごとく耿曙に飛びかかって来た。
二人が裸の肩と背を突き合わせる姿は、牡羊が角を突き合わせているみたいだ。
小さく一声あげ、耿曙は左肩を押し入れ、右足をひっかけて孟和を地面にたたきつけた。一瞬周りがしんとなり、姜恒は喝采するのも忘れた。
耿曙はもう四年相撲をとっていた。無敵の大雍騎兵団を率いてきた自分だ。孟和など眼中にない。本当なら弱い者いじめはしたくなかったが、姜恒にあんな風に言われては、苦笑いさせてやらずにいられないではないか。
「兄さん、あなたって……」
耿曙は孟和を引っ張り上げ、二人は再び礼をした。孟和がまた突っ込んで来た。耿曙は頭を孟和の腕の下におろして相手の背中を押し上げ、仰向けに地面に落とした。
第二戦目で孟和は完全に負けた。風戎人たちから天を揺るがすような喝采が起こった。誰も孟和が面子を失ったなどとは思っていない。
姜恒もすぐに大声を上げた。耿曙はお待ちかねの反応を得たので、頷いて対戦をやめた。
孟和は苦笑いするしかなかった。自分が耿曙の相手にはならないとわかったが、耿曙が背を向けると、童心が沸き上がり、突進して彼の腰をつかみにかかり、また地面に落とされた。
見ていた者はみな狂ったように大笑いした。孟和は三度負けた。全部耿曙に一度で投げ倒されてだ。耿曙が振り返ると孟和はすぐ両手をあげて降参の意思を示した。耿曙は追撃しなかった。
姜恒は大笑いしていた。耿曙は人ごとのように帰って来ると腰を下ろした。しばらくして孟和の部下が熊を引き取りに来た。耿曙は一頭の首根っこをつかんで何か言ってから彼らに渡した。
「早く休もう。」耿曙は姜恒に言った。
「相撲はどうとるの?教えてよ、私も学びたい。」
「竹馬に乗るみたいなもんだ。体で覚える。相撲なんて学ぶもんじゃない。酔拳のほうがまだ‘学べ’そうだ。」
耿曙は腕の下に帳蓬を挟んで設営の準備を始めた。姜恒は耿曙が彼を皮肉ったのだと分かり、後ろから飛びかかっていった。耿曙は振り向くと、彼を抱きとめ、姜恒を包み込んだまま、一緒に地面に倒れこんだ。その動作は非常に軽く、紅葉の葉が敷き詰められた地面はふわふわしていた。姜恒はあきらめない。起きあがって耿曙におそいかかったが、耿曙は再び彼を倒した。最後に姜恒は飛び上がって、耿曙の背中に乗った。二人は横に転がったが、耿曙が足で動きを止め、腕をつかんだ。二人は先ほどの子熊たちのように落ち葉の上に落ちた。姜恒は地面に押さえつけられ、二人は目を合わせた。耿曙は頭を下げて姜恒の唇に口づけをした。唇が触れ合う時間は毎回少しずつ長くなっている気がする。だいぶたってからようやく解放された。
姜恒の心臓はどきどきと早打ちし、頬が赤くなった。
「ふ・ざ・け・る・な。」耿曙は立ち上がって武袍をきちんと着て腰帯を直した。そして帳を設営して「入って横になれ。秋の夜は長い。空が暗くなったら寒くなる。」と言った。姜恒は営帳に入った。耿曙は彼を抱くと耳元に囁きかけ、姜恒も答えた。他愛ない話ばかりだ。しばらくして子熊の話になった。「あの仔たちが死なないで元気に生きていてくれるといいな。」「うん、そうだな。きっと生きていくさ。」
母熊の死体と残された子熊たちを見た時、二人はきっと同じことを思い出していた。
―――あの年、姜夫人と別れ、二人きりでお互いに命を預けあった自分たちの事だ。
耿曙に強く抱きしめられ、姜恒はあくびをしてだんだんと眠りについていった。
翌朝目が覚めた時、風戎人はまたきれいさっぱりいなくなっていた。もう次に会うことはないだろう。耿曙の正体がばれたからには彼らも姜恒が普通の医者でないとはわかったはずだ。もう守ろうとして追ってくることはないだろう。
耿曙は姜恒と一緒にいるときはいつも辛抱強く、焦らない。ゆっくりと朝食を作って食べさせ、支度をさせ、車を御して出発した。彼と二人きり、誰にも邪魔されない時間を楽しんでいるようだ。灝城外に着くと、耿曙は風羽をなでてから放って、餌をとりにいかせた。
「また病人を診るのか?」
「診ない。」姜恒は灝城を眺めた。それから城外に無限に広がる汗塞平原を一望した。
「衛家の人たちに私たちが来ていることを知られたくないんだ。変装しないと。」
「好きにしろ。」
姜恒は界圭と一緒にいた時、大安城の沿道で購入した物資を整理した。灝城外の誰もいない銀杏林を探し、林の中に鏡を立てて、耿曙を変装させた。「顔を横にして」
耿曙は鏡の中を見た。すでに顔が変わっていた。何となく少し項州に似ている。だが、項州の目鼻立ちは温和だが、耿曙の目つきは非常に鋭く、隠すことができない。姜恒は彼を少し年上に見えるようにした。27、8才くらいの姿にして、服を着替えさせた。塞外を渡り歩く高利な商機を探している行商人の出来上がりだ。
姜恒は「いつもの背筋の伸びた立ち姿より、少し下を向いて、ぺこぺこした方がそれらしいと思う。」と言った。耿曙はきちんとしているのが好きで、武衣は襟元をしっかり締め、袖もきちんと鋲をとめている。胴回りはほっそりしてまっすぐで、商人らしくは見えない。姜恒はわざと彼に体に合わない布衣を探して、肩の辺りを少しだらりとさせた。
「軍でついた習慣だ。彼らは俺とお前が一緒にいることを知っている。騙しきれないんじゃないか?」
「軍のせいじゃないでしょう。あなたは小さい頃からこうだったよ。」
「俺たち二人が一緒に居たら、すぐに疑われるんじゃないか。」
姜恒はいたずらっぽく微笑んだ。「彼らが疑えないようにしようと思っている。」
そう言って姜恒は自分を変装させ始めた。耿曙はお茶をいれるための渓流に水を汲みに行った。線香一本分の時間がたち、耿曙が戻って来ると銀杏林のこがね色の葉が舞う中、一人の少女が振り向いて彼に笑いかけた。
耿曙:「…………」
「これでどう?」姜恒は肩の上に薄絹をふわりとかけた。年若い娘に変装していたのだ。
耿曙:「……………………」
耿曙はあっけにとられた。心臓が狂ったように高鳴り、真っ赤になって顔をそむけた。姜恒は町で買った女性服を身に着けていた。華美ではないが、曲裾、深衣に淡紅藤色の外紗と、一揃えだ。清秀な顔立ちにこの衣装を着けた姿は、本物の美少女にしか見えなかった。「兄様ぁ。」姜恒は近づいてくると耿曙の腰にしがみついて離れない。
耿曙「!!!」
耿曙はすぐさま姜恒を引きはがした。何歩かよけて木に寄り掛かって、喘いだ。背後から姜恒がいたずらっぽく大笑いする声が聞こえた。再び振り返った耿曙の顔は耳まで真っ赤だった。姜恒は彼を引っ張って口づけしようとしたが、耿曙は血が沸き上がってめまいがしそうだった。
「お前は……」耿曙は姜恒が少女に変装するとは思ってもみなかった。
「これなら誰も私たちを疑わないでしょう。」姜恒は袖をしごき上げた。何層もの女性服は動きづらい。彼が片手で肋骨の下を掻くのを見て耿曙は笑い声をあげた。
さっきは一瞬、あやうく倒れそうになった。
今回、雍都を出るひと月前、武英公主汁綾自ら尋ねてきた。姫霜との婚約が無効になった今、新たに婚姻の話をしなければならない。雍国四大家、周、耿、衛、曾の内、他の三家はすべて耿家と姻戚になりたがっていた。耿家はすたれてきているとはいえ、耿曙は王子の身分であり、汁琮の信頼も厚い。彼と結婚すれば、得はあれど、損はない。
汁綾は耿曙に、どの家の娘と会ってみたいか、あるいは下元節を利用して一度に全員会ってみるかと聞いた。耿曙の答えは「好みがある」だった。じゃ、言ってちょうだい、どんな娘が好きなのか。汁綾は耿曙を追い詰めた。この叔母は、自分は結婚していないのに甥たちの結婚についてはいつも心配している。
耿曙は3日間考えて、汁綾に伝えた。詩に造詣が深い。楽しい、笑顔がかわいい。
汁綾は聞くうちにいらいらしてきた。顔はどんなの。具体的にはっきり説明しなさい。耿曙は細かく説明した。どんな鼻、眉目が好きで…。汁綾は絵が得意だ。紙を持って来ると、耿曙の説明に従って絵を描いた。官府が指名手配令を出すように、意中の人の顔を描いて…
完成した絵を耿曙が見ると——姜恒だ。
汁綾は泣くべきか笑いべきかわからなかったが、気持ちはわかった。彼女も小さい頃から兄の汁琅のような夫を探していた。玉樹臨風、謙虚で温潤な。耿曙は姜恒と一緒に成長してきた。一番馴染みがあって愛しい姿を自然と求めたのだろう。
汁綾は最後に「この絵を各地に送って、似ている娘を探してあげましょうか。身分も気にせず、気に入ったらその娘に決めればいい。」と言った。
「いえ、結構です。」耿曙は考えもせず断った。婚姻話は再び行き詰った。
「兄さん!」姜恒が話しかけた。
「何を呆けているの?荷物をまとめて、早く城市に入って何か食べに行こうよ。」
耿曙は我に返り、ぼんやりと姜恒を見つめた。
「おいしいものを食べようよ。もうお腹がぺこぺこだよ。」
耿曙はすぐに承諾した。もともと姜恒の言いなりだ。それがこんな美少女の姿になったら、心さえ差し出してしまいたかった。