非天夜翔 山有木兮 翻訳の練習 89

非天夜翔が好きすぎて自分が読むために200話翻訳しました。万が一同じような趣味のかたが読んでおもしろいと思って下さったら是非原作を正規のルートで手に入れて読んでみてください。営利目的ではありません。要求があれば、すぐに削除します。

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第89章 禁酒令:

 

「あなたは商人の聶海だよ。」姜恒は車に乗り、足を大きく開げて座っていた。「私は姜氏、あなたの奥さん……いや、奥さんじゃない。」

「何で違うんだ?」耿曙は信じられないという顔で姜恒を見た。

「お妾さんだ。私たちの姿を見て。立派な旦那と奥方に見える?」

耿曙は考えてみた。自分は青年に変装し、項州のような顔をしているが、年が合わない。姜恒はわざと彼の顔を老けさせた。十代の妻、元妻にしろ、がいるのは変だ。「どうしてダメなんだ?旦那がいい年なのは、三十になってやっと認められたからだ。

俺は塞外に毛皮の商売をしに来た商人だ。お金があって、誰より愛しい、狂おしいほど愛しい正妻を連れて、自由気ままに幸せに生活している。中原には帰らないつもりだ。」

「……。あなたは私より話を作るのがうまいね。よくすらすら出て来るなあ。いいよ。そういうことにしよう。」

「そんな座り方をするな。立ち居振る舞いに気をつけろ。」

「人が多いところではもちろん気を付けるよ。」

「これから城市に入ったら飯を食いに行くか?」

姜恒は曾松にほのめかされた氐人の暴乱のことを調査させていた。事情は耿曙に詳しく聞いて、大体把握できた。3年前、氐族が衛氏に対し反乱を起こした。落雁城は軍隊を派遣し、衛氏の家兵と連合して鎮圧した。その年には、耿曙はまだ将校になっておらず、東宮御林軍の下で勤務していたが、耳にしたことはある。

「何が原因だったの?」

「土地だ。」耿曙は言った。「田法が公布された後、衛家の勢力は大きくなった。飢饉が続く中で、彼らの土地を買い取ったんだ。氐人の生活はどんどん苦しくなっていき、最後には決起して抵抗し、衛家のすべての人を殺すと公言した。」

 

姜恒は考えてみた。「うん、それが汁琮の怒りを招いた。だが氐族にではなく、衛氏に対してだ。」

「どうしてわかった?」耿曙は姜恒の手を引いていたが、振り向いて尋ねた。

「聞くまでもないでしょう?汁琮が最も気にしているのは労働人口だ。氐族がいっぱい死んだら、誰が王族と雍軍を養うための耕作をする?」

耿曙はふと腑に落ちた。事件の時、汁琮の怒りの理由がわからず、ただ義父が氐人に偏愛と寛容の心を持っていると思っていた。だが、後に郎煌率いる林胡反乱軍を討伐した時には、全く容赦しなかった。思い返してみれば正に姜恒の言う通り、汁琮が最も気にするのは労働人口だ。

「よく思い出してみて。当時、東宮はこのことをどう評価していた?」

耿曙は朝政について何も知らない。それに、これはもう3年前のことで、あの頃は、さらに少しも関心を持っていなかった。だが姜恒には手がかりが必要だ。これは曾松との取引だからだ。何か重要な情報があるに違いない。自分ががんばって探し出さねば。だが…。

「本当に何も思い出せない。」耿曙は悩みながら言った。

「どうして何も知らないの?!」姜恒はかみついた。

「よし!だんだん思い出して来たぞ。少し時間をくれ。がんばってみる!」

 

姜恒と耿曙は灝城に入ると宿を見つけた。灝城は塞北全土で最も豊かな都市だ。絶えず落雁に血液を注いでいるが、農耕に適した恵まれた地理的位置を占めているため、人口が多い。

夕方になると、氐人が続々と町に来た。姜恒は曾松からもらった文書で無事に宿を得た。耿曙は先ず夕食をたのみ、早く作って来るように言った。それからまた卓を前に考え込んだ。あの年のことを思い出そうと努力していた。姜恒はつい責めるようなことを言ってしまっただけだったが、耿曙の性格だ。なんとかして解決させたいとかんばっている。

姜恒は「さ、食べよう、食べよう。」と言った。

宿の者が彼ら2人の様子を見た。老夫に若妻か。姜恒の美貌に思わず目を凝らすと、耿曙は怒って目を光らせた。相手は目をそらした。

汁琮が国を治める方法は非情だが、町での私闘を厳禁するのはいいことだ。軽い気持ちで手を出して、捕まったら手足を切り落とされたり、鼻を切って目をえぐられたりする。こうした刑で、衝突は少なくなった。

 

「思い出したぞ!」ついに耿曙が言った。

姜恒も脳みそを振り絞っていたが、曾松が何をさせたいのかがわからなかった。

「何が?」姜恒は櫛を片手に耿曙の方に顔を向けた。

耿曙は単衣の姜恒を見てぽかんとした。一瞬自分が結婚したように錯覚した。なんだかまるで若夫婦のようだ。

 

「衛家は土地の売買を強要したんだ。氐人の土地を徴収してたり、懲罰として追放したりした。東宮は門人を派遣して調べに行こうとしたが、汁瀧がやめさせたんだ。」

衛卓は汁瀧の武芸と軍策の指導を担当している。もちろん軍策の方が主だ。太子の師父は、特別扱いというわけだ。

「わかった。」姜恒は考えた。「それなら、府内に帳簿があるに違いない」

「そうだな。」

「氐人にも事情を聞かなくては。」

姜恒は少し後悔し始めていた。女の子に変装したところで、声は変えられない。情報を求める女の子が突然男の声で話をしたら、きっとびっくりするだろう。

 

耿曙に聞いてもらうと思ったが、耿曙には苦手分野だ。

「やるよ。」耿曙は寝床を用意していた。「どうすればいいか教えてくれ、俺が聞いてくる。」

耿曙の口はそんな言葉を発していたが、目は女装した姜恒を見て、心は別のことを考えていた。姜恒の人生の楽しみ方が好きだ。知識も手段も豊かで本当におもしろい。一方の自分は、宮廷にいても軍にいても特筆することは何もない。二人で今まであちこちに行って、遊んでも来たが、どこへ行っても、弟は水を得た魚のようだ。天下の全ての場所が彼の庭のようなものだ。

姜恒は寝床に上がって来ると耿曙の耳元に小声で指示を伝えた。耿曙は彼を抱き寄せ、二人の顔はくっつきそうに近づく。「うん、お前の言うとおりにする。」

「だけど衛卓には何も影響しないよな」耿曙はまた少し不安になった。

「しない。」と姜恒は言った。「衛家の力は強大だ。曾家は彼に警告を与えようとしたにすぎない。」曾家は東宮をしっかりと握っている。衛卓は汁琮の側の人で、汁琮と汁瀧父子の情は非常に篤いが、お互いの部下が暗闘しているのは、どこの国でも普通にあることだ。

姜恒は耿家の子孫で、姜太后の遠縁の甥孫でもあり、将来は太子を補佐する重臣になるだろう。曾松は引き抜きの意図を明らかにした。この取引は、彼らが互いに信頼を築くための第一歩にすぎない。それに姜恒を味方につければ、耿曙も自然とついてくる。一挙両得だ。

これがうまくいけば、自分の息子のために2人の潜在的な敵を消すことができる。

しかしそういうことを耿曙には説明していない。誰の側に立っても、味方になってくれるからだ。界圭にものを頼むのは少し遠慮していたが、耿曙には何のためらいもなく頼める。すべて受け入れてくれるからだ。

 

翌日、姜恒は手始めに宿の小二(=従業員)に町の状況を尋ねてみることにした。

喉をつまんで、なんとか娘の声を装う。そうだ、お酒の売り買いから始めてみよう。

「どうして町ではお酒を売っていないのですか?」本当に不思議だ。仲直りのしるしとして、界圭にお酒を何瓶か買って行こうと思っていたのだ。ここまでの旅で通って来た村や町では禁酒令など出されてなかったのに、灝城のような大城市でお酒が手に入らないとは思ってもみなかった。

雑巾を干していた宿場の小二は、姜恒を見た。「外の村までは管理できないですからね。町内だけなら管理できるでしょう。今年の四月初めに禁止令が出されたんです。若奥さんは酒を買ってどうするんですか?酒については全部禁止で、醸造するだけでもしても逮捕されちまうから、交渉しようなんて思わないで下さいよね。」

雍軍は近々開戦しようとしている。兵糧の調達は大問題だ。民が満足に食べることもできない時に、酒の醸造など確かに浪費だ。理解できなくもない。「それは困ったわ。」姜恒は少し近づいて言った。「うちの旦那様は毎日一杯飲みたがるの。お酒が飲めないとだめなのよ。」

小二:「……」

姜恒:「?」

小二:「若奥さん、あなたのその声は……」

姜恒:「ああ、子供のころ病にかかってのどを傷つけてしまったの。」

小二は姜恒の抜けるように白い首筋を見た。近づいて手を伸ばし、髪を撫でて匂いをかいだ。そして大真面目に言った。「酒が買いたければ、まあ、絶対無理ってわけでもないですよ。」

「どこで、どこで?」

小二は姜恒の腰に手を伸ばした。姜恒は情報が欲しかったので、少しぐらい譲ってやるのも仕方ないかと思い、叩いたりするのはやめておいた。小二は小声で場所を言った。

だが、その時急に後ろから襟首を引っ張り上げられた。耿曙の登場だ。

「手を放して!にい、…旦那様!」姜恒は耿曙が音もなく現れたのが見えたので、こうなるだろうとは思っていた。案の定、小二は頭をつかまれ、壁にぶつけられた。耿曙は武功が高い。一般人など鶏と同じように捕まえ、気絶させてしまう。幸いにも姜恒に注意されたので、すぐ小二に謝罪した。私闘は厳禁。もし通報されたら、2人の身分は隠すことができなくなる。

「話は聞けたよ。」姜恒は耿曙を引きずって出て行った。「なんで余計なことをするの。」

「あいつの顔はお前の首元にあったんだぞ!」

「あなただってあんな風にするじゃないか。」

耿曙の顔が赤くなる。「一緒にするつもりか?」

「さあ、行くよ!」

二人は裏通りを通って、長い通りに入った。昨夜また雨が降り、ますます涼しくなってきた。灝城のつくりは落雁とは異なり、鄭に似ていた。落雁が東西に市場を分けているのに対し鄭国式に放射線状に作られている。城主府を中央に、道は八方に伸びている。八大坊内の1つは金坊、すなわち貨物の流通、購入の地である。金坊はかなり広く、店は点々としていた。秋の収穫期で、町には人は少なく、商店の多くは閉まっていた。姜恒が小二から聞いた酒売りは闇市場で、薬堂の後ろの地下にある。

 

「夜よく眠れないんだ。」耿曙は薬屋の店主に言った。「よく眠れる薬湯がほしい。」「お若いの、」店主は耿曙を見てから姜恒に目をやり言った。「酒色財気は節制せねば。薬湯をお求めなら、こちらへどうぞ。」

耿曙が言ったのは、姜恒が教えた酒を買う時の決まり文句だ。店員は二人を見るともなく見ると中へ招き入れた。薬堂の奥の院に入ると、穴蔵への入り口があった。隣には一人の店員が座って本を読んでいて、客をそのまま中に通した。

 

年季の入った木の階段がギシギシと音をたてた。耿曙は姜恒の手を引いて、地下に入ると、黄粱木の扉を押した。たちまちガヤガヤとした騒音が、酒の息とともに湧いて出てきた。中には30歩ほどの酒場があり、人が大勢座っていた。きっとこれはまだ暇なほうで、忙しくなれば、外に長い列ができるのだろう。

地下酒場内では人々が酒を飲んだり、大声で談笑したりしていた。きれいな娘を抱いている者も多い。店主は二人を見ると、好きに座るようにと合図した。

「何を飲みます?」店主が遠くから聞いた。「始めてですかい?持ち帰るのはダメです。ここで飲むだけですよ。」

「酒を飲む。」耿曙が言った。

「馬鹿なことを!酒を飲むのはわかっているよ!」

それを聞いた周りの酔っ払いはどっと笑った。姜恒は耿曙の耳元でささやいた。

耿曙は「離人愁を二両。」と言った。

「ほお、離人愁を知っているのか?」店員はこの二人を通だと思ったようだ。

「悪いがうちにはない。碧空吟はどうだ?あれもいい酒だぞ。」

姜恒は師門にいた時、毎月初一、十五には、いつも羅宣について山を下り、酒を売っていた。自分は飲まなかったが、世の中の酒には詳しくなった。碧空吟は強い酒として知られる。飲みすぎると倒れて碧空を見上げてたわごとを吟じるようになる。止めた方がいい。すぐにまた耿曙に耳打ちした。耿曙は「鐘山楓露、それならあるだろう。」と言った。越人の醸造酒は天下一品だが、遠い雍国にはないだろう。それで代国の酒を頼んだ。代国の酒ならあるだろう。案の定、店員は振り返って壺をとって、酒をついだ。

 

姜恒は酒屋の常連客たちに目をやった。隅にいた人が彼に笑いかけた。彼も笑顔を見せた。官府に禁じられた酒を売る酒場であることは二の次だ。重要なのは、大量の情報の集散地であることだ。酔っ払った人は、口を滑らせがちだ。

「一両ごとに勘定を。」店員は二両の酒を卓に置いた。耿曙は支払いをした。

店員は意識してか否か、耿曙の腰に下げた袋に入った輝く黄金に目をやった。

耿曙は「何を見ている?」と冷たく言った。

店員はへへへと笑いながら去って行った。

耿曙は何日も酒を飲んでいなかったので、壺を持ちあげ、手酌で飲もうとした。

姜恒はそっと彼を押さえ、他の人のまねをして、耿曙に酒を注いだ。酒屋に集まっていたのは雍人、氐人。それに風戎人だ。それぞれ座っていたが、明らかにはっきりした派閥が形成されていた。いつも席が決まっているようだ。耿曙は雍人の席を選ばず、氐人の隣に座った。

氐人は帰化して久しい。話し言葉の多くは漢語だ。汁琮が玉璧関を奪還しようとする次の計画、そして南方四国の動向について話しているようだ。

城内で酒を飲むことができるのは、氐人貴族だ。氐人は雍人より一等級低いが、汁氏が塞外を収めるようになった百年近くで、重要な地位を占めるようになった。氐人大家は漢姓を賜り、「山」「水」の字を大姓とした。現在、全国あげて酒、賭博、私闘、買春が禁じられている。氐人は風戎人のように軍に入隊してはいない。血気盛んな若者たちが、酒を飲む以外に何ができるだろうか。そういうわけで、少女の恰好をした少年郎を抱く者が増える。官府が買春を禁止するなら代替方法を見つけるだけだ。

昔から『上には政策、下には対策』があるものなのだ。