非天夜翔 山有木兮 翻訳の練習 77
非天夜翔が好きすぎて自分が読むために200話翻訳しました。万が一同じような趣味のかたが読んでおもしろいと思って下さったら是非原作を正規のルートで手に入れて読んでみてください。営利目的ではありません。要求があれば、すぐに削除します。
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第77章 越地の桃:
姜恒は界圭について桃花殿を出た。前を歩く界圭に姜恒は尋ねた。
「手は少し良くなった?」
界圭は答えた。「ご心配痛み入ります。」言いながら手を動かした。「あなたの医術のおかげでこの通り。さすがは羅宣の弟子、名に恥じませんな。」
姜恒は傍らの桃の木を見た。南の方はそろそろ夏になろうとしているこの時期にゆっくりと春がおとずれていた。桃花殿はその名の通り、庭園内は桃の花でいっぱいだった。
「あなたの姑祖母は越の人です。」界圭は何の気なさそうに言った。「北方に嫁いでも故国を想っていた。先王は大枚積んで越地から桃の木を買ってきた。春になったら彼女が花を見られるようにと。」
「ふうん。」姜恒は園内に立ち止まった。彼自身ももう何年も越地の桃の花を見ていなかった。潯東はかつて越国の領地だった。桃の花は紅みが強い。海閣の桃の花は種類が違って、白っぽかった。
界圭は「私はあなたくらいの時、南で無茶な暮らしをしていましたが、先王が私を引き取ってくれ、以降、汁家のために命をはっています。」と言った。
姜恒は顔を向けて界圭の様子を伺った。「それであなたは姑祖母に忠実なんですね。」「私は汁王室に忠実なんですよ。さ、行きましょう。」
姜恒はなぜか、耿曙を除けば大雍王宮内で一番親切なのは界圭だという気がした。
「聞いたところでは、今日、市内で何やら御託を並べていたようですが?」
界圭は雍都に来てからずいぶん冷静な態度になった。以前のはちゃめちゃな態度が鳴りをひそめ、話し方も変わったようだ。
「御託を並べるってうまいこと言うね。盗み聞きする人がこんなにいるとはね。落雁城にこんなに密偵を放って、お金は大丈夫なの?」界圭は言った。「お金?またかわいいことを言って。民を恫喝すればすむことです。」
「確かに確かに。」姜恒はもっともだと思った。「失礼しました。」
界圭は注意してくれているのだ。壁に耳あり、言葉に気を付けるように。当然目にも。何でも見に行かないように。
「来なければよかったと後悔していませんか?」界圭は続けた。
姜恒はまだ前の話のことを考え上の空だった。「いえ、どうしてですか?一家団欒、それが一番。とても幸せですよ。」
界圭:「姑祖母さんに好かれていると思いますか?」
「ええ。」
「本当に?自分の息子を剣で刺したあなたを罰しませんかね?」
姜恒は一笑に付した。「もし私を憎んでいるなら今日会ってはいただけなかったでしょう?」
なぜかはわからないが、姜太后は何かとても言いたいことがあるのに、たぶん彼を守るために言わないでいたようだった。それは一番暖かい母の心づかいだ。はっきりそう感じるのは、いつも厳しい母が心では彼を愛し、命をかけてくれたからだ。だけど母は愛していると言ってくれたことがない。きっと愛情を外に出してしまったら、決意が揺るぎ、心が弱くなってしまいそうで、そんなことは受け入れがたかったのだろう。
姜太后もきっと愛情を押し隠しているのだ。
「着きました。」界圭は姜恒を東宮に招き入れた。仮に整えられた部屋はきれいさっぱり、掃除したてだった。「食事を持って来させますね。ここで召し上がって下さい。」界圭は言った。「ゆっくりお休みください。小太史。」界圭は去り際にまた意味深長な目線を姜恒に送って来た。
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桃花殿内では、姜太后が二人の内、耿曙だけを残して言った。「ここで食事をしなさい。他の者は皆、ずっとあなたを待ち続けたけど、もう食べてしまいましたから。」
耿曙は卓につくしかなかったが、姜恒のことが心配だった。太后のこの行いは、姜恒が排除されていることを思い知らせた。—――自分は家族だが、姜恒は他人だと。
彼は悲しかった。何度も立ち上がり、何も言わずに出て行こうと思ったが、太后と武英公主がいつも自分のことを大切にしてくれたことを考え、耿曙はこらえた。
汁綾が言った。「南でのことは、聞いたわ。あの姫霜はどこかおかしいの?あなたを殺したがるなんて。」耿曙は黙って、食盒を開け、箸をつけた。今日はちょうど春分の日で、宮内は桃の花を飾っていた。
太子瀧は耿曙を見つめ、兄の不満に気づいた。「ハンアルを呼んできましょうか。」
「必要ない。」彼にはよくわかっていた。姜恒は汁琮を義父と認めることを拒否した。だから、汁家は彼をこのように扱う。礼儀上は何の問題もない。彼らと家族になりたくないと先に態度を表明したのは恒児だ。だが、王子という身分でなくても、姜恒は遠縁のいとこだ。親戚には親戚の規則があり、家族には家族の規則がある。
このわだかまりは姜恒と汁家のわだかまりだけでなく、まるで耿曙と姜恒の間のわだかまりのように思え、彼はますます悲しくなった。太子瀧は心配そうに耿曙を見た。横を向き、食卓の上に腹ばいになって、頭を上げ彼を見た。目には笑みを浮かべていた。
姜太后は「淼、」と言った。耿曙は何度か麺を箸でつかみ、何口か食べたが、食欲がなくなった。姜太后は「全ては運命です。」と言って、ため息をついた。「私の年まで生きていたらわかります。来るべきものは、いつか来る。それは誰にも避けられないし、借りたものは、いつか返さなければなりません。」
汁綾:「母上!」
耿曙には姜太后の意味が分からなかった。実際、汁家も耿家に借りはない。太子瀧は、その言葉を聞いて不吉に思い、急いで話をそらした。「ハンアルはたくさんの本を読んでいるんですってね。」
「ああ、どんな本でも一度読んだだけで、暗記してしまう。」
汁綾は「ありえない」と言った。
「試してみるといいです。嘘じゃない。」
姜太后は思う所があるようだが、黙っていた。「淼児(ミャオアル)。」
その時話題は「世の中にそんな人がいるか」に移っていた。
太子瀧は「私は信じる。伯母上、あなたが見たことがないからといって、そんな人はいないと思ってはいけません。」と言った。
「私が見たことないって?私はただ、そんな風には見えないと言っただけよ。」
太子瀧は言った。「明後日、東宮で春議があるから、彼を呼んでくれませんか。父上自ら仰っていました。恒児はすごい、彼がいれば、頭が痛い問題がたくさんあっても、解決できるって。私も時間を見つけて、彼によく教わらねば。」
耿曙は言った。「時間ができたら聞いてみるといい。そのために来たのだから。食べ終わりました。お先に失礼します。」
「兄さんどこに行くの?恒児のところ?私も一緒に行く。」
耿曙は姜太后に挨拶もせず、出て行った。
汁綾は少し不満気だ。だが、汁琮の言うことを、彼女はいつも信用している。
「王兄は彼には国を治める才能があるって言うけど、あんなに若くては頼りないわ。」汁綾は姜太后に言った。姜太后は終始上の空で答えなかった。
姜恒はくしゃみをした。宮人がほこりをとらなかったのだろうか。誰もいなくなったので、食事を終えると寝台に横になった。空が暗くなってきた。北は昼が短く夜が長い。間もなく宮中では鐘が鳴る。寝るとしよう。この旅で姜恒も疲れ果てていた。外袍を脱ぎ捨てると寝台に横たわった。
「ハンアル。」耿曙が寝台に上がって来て囁いた。
姜恒は熟睡していた。耿曙は頭を下げて横顔に口づけた。玉玦が首から滑り落ち、姜恒の顔にくっついた。「恒児?」耿曙は揺さぶりだした。
姜恒はうつらうつら目を覚ました。耿曙は彼を抱き起こし座らせた。「荷物は全部詰めた。もう出られるぞ。ちょうど夕方馬を牽いて来た。ほら、服を着ろ。」
「行くってどこに?」姜恒はぼんやり尋ねた。
「どこか別の場所に住もう。お前を連れて行くから、行きたいところに行こう。」
「もう、ふざけないでよ。」姜恒は起こされて不快だった。「もう寝よう、ああ眠い。」
耿曙は囁いた。「ごめんな、恒児、俺は彼らがああいう態度をとるとは思わなかったんだ。」
姜恒は困惑して尋ねた。「どうかしたの?兄さん!」
「お前が嫌な思いをしたのはわかっている……。」
「してないよ。」姜恒ははっきり言った。「私はそんなに弱くない。寝よう寝よう、自分の部屋に帰るの?」
耿曙はまだ言い張りたかったが姜恒はもうかまわずに寝返りをうった。
耿曙は一人座り込んで、しばらく悶々としていた。胸いっぱいの苦しさを発散する場所がなかった。姜恒に悔しい思いをさせてしまった。叫びたくても叫び出せず、誰のせいにもできない。姜太后の言うとおりだ。これはすべて運命なのだ。
耿曙は自分に思い切り平手打ちをした。
姜恒はびっくりした。その音が耳に飛び込んでくるとすぐに完全に目が覚めた。
「何てことするの!」姜恒は起き上がった。耿曙は姜恒を見た。目には憤怒と悔しさがあふれていた。姜恒は突然笑い出し、彼に抱きついた。「大丈夫。本当にどこにも行きたいと思っていないんだって。」
界圭の声が突然部屋の外から聞こえた。「殿下、こんな真夜中に武芸の修練ですか?」
姜恒は突然捨て置けないことに気づいた。「界大人、あなただってこんな夜中に眠りもせずに、盗み聞きですか。付き添うべきあなたの‘命’は別の人では?」
界圭は答えなかった。行ってしまったようだ。だがこれではっきりした。雍王宮での彼らの一挙手一投足は常に監視されている。耿曙にも少し気を付けさせなければ。
「もうしないでね。兄さん、私はここがとても好きだよ。本当に好きだよ。」
耿曙は姜恒を見て言った。「それがお前の本当の気持ちじゃないことはわかっている。」
「本当の気持ちだってば。」姜恒は真剣に言った。「ここで寝ていると、なぜか父さんが近くにいるような気がするんだ。ここが誰の部屋だったか知っている?」
「誰だ?」耿曙にはその意味がわからなかった。
「ここは東宮だ。太子汁琅は今の汁瀧の部屋を使っていて、ここは父さんの部屋だった。」耿曙にとって、それはとても意外な発見だった。彼は周りを見回した。
姜恒は単衣姿のまま寝台に座り、真剣に言った。「よく考えてほしいんだ。私は雍国の君主を暗殺しようとした刺客で、もう少しで彼を刺し殺すところだった。そしてそれが原因で、雍国は玉璧関を失った。今日私が宮殿に来た時、きっと朝廷中が私に不満を抱いていたに違いない。太后はこのことを追及しなかっただけでも、すでに寛大なんだ。あなたは彼女に息子を殺しそうとした人にやさしくするよう求めている。雍国の人たちが知ったら、どう思うかな?」耿曙はため息をついて、握っていた姜恒の手を放した。
「私が役人になって、あなたが玉璧関を奪還して、失ったものを補った時、彼らは私への態度を変えてくれると思う。あなたの武英公主と太后が私に冷たくしたのは、わざと人に見せるためだと私は思ったよ。」
「暗殺の件はお前の本意じゃなかった。」耿曙は言った。姜恒は笑った。
「暗殺の件は私の本意だったんだ。心は大きく率直に、隠すことなんて何もない。」
汁琮が誰か知らなかったか?もちろん知っていた。自分が耿淵の息子だって知らなかったか?それも知っていた。そのうえで汁琮を刺殺することを選んだ。それを本意という。耿曙も考えた末、受け入れた。
「だったら俺は一刻も早く玉壁関を取り戻す。父王に話しに行く。お前は俺の参軍になれ。」
姜恒は笑ったが、心の中では思っていた。『あなたは簡単に考えすぎ。これは戦争で解決できることではないんだ。』だが耿曙には言わなかった。彼を叩いて、「さあ、部屋に帰って寝なさい。太子瀧はどうして来なかったの?」と言った。
「お前に会いに来たがったが俺が来ないように言った。お前をゆっくり休ませたいからな。」「私は彼のことも好きだよ。彼にもっとやさしくね、何だか大変そうだから。」
太子瀧は幼い頃に母を失った。姜太后と武英公主は母の代わりに彼をかわいがったが、きっと寂しいと思うこともあるんだろうなと姜恒は思った。
耿曙は複雑な気持ちになった。心の奥底で最も望んでいたのは、姜恒が太子瀧と仲良くして、和気あいあいとなることだ。しかし、きっとそれは難しいだろう。姜恒と太子瀧はお互いに嫉妬して自分を奪いあうかもしれない。だが、こんな風に姜恒に言われると、耿曙はなんだか少しがっかりした。自分の存在は、思っていたより重要ではないのだろうか。
「わかったよ。」耿曙はつぶやいた。
まだ何か安心できず、耿曙は何か言いたかったが、姜恒は彼の唇を指でふさいだ。
「部屋に帰って寝て。本当にもう眠いんだ。兄さん、明日また話そう。私の心にいるのは永遠にあなただけ。あなたには絶対に幸せでいてほしいんだ。」
それが姜恒の本音だ。落雁に来たのは、もちろん耿曙のためだ。さもなくば彼は汁家を選ぶことはなかった。だがそれは耿曙の苦しみの原因でもあった。
耿曙はうなずいた。そして姜恒の額を撫でて顔に口づけし、眠らせてやった。