非天夜翔 山有木兮 翻訳の練習 66

非天夜翔が好きすぎて自分が読むために200話翻訳しました。万が一同じような趣味のかたが読んでおもしろいと思って下さったら是非原作を正規のルートで手に入れて読んでみてください。営利目的ではありません。要求があれば、すぐに削除します。

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第66章 攻心計:

 

師門にいた時、羅宣が話してくれたことがあった。父は郢国に連行されて軍に入り、重病の妻と兄弟を置き去りにした、その時のことがずっとまぶたに焼き付いていると。姜恒はこの数日間色々な情報の断片をつなぎ合わせ、結論を出した。羅望がなぜ自分の変装した顔に親しみを感じるのか、それは彼が羅宣に似ているからだ!

 

これで、なぜ羅望が代国で結婚せず、子供も持たず、軍からの報酬を使って孤児を援助しているのか、説明がついた。姜恒は代国に来る時に変装をした。羅宣から変装術を伝授した時に施されたとおりに眉目を描いた。あれは……羅宣の弟、羅承の顔だったんだ! だから羅望は初めて彼の目を見た時、あれほど親しみを感じたのだ。姜恒が変装して、彼の末っ子そっくりになったからだ!

 

「私の本名は『承』といいます。」姜恒は淡々と言った。「兄が一人います。もとは両親と暮らしていました。10年前、母の病気が重くなり、父は山に薬草を探しに行きましたが、代、郢両国が開戦し、父は途中で代軍に捕らえられて軍に入れられ、二度と戻って来ませんでした。」

羅望「……。」

羅望は唖然として姜恒を見ていた。彼は混乱していた。いや、目の前の少年は、彼ではない。

「誰にも治療してもらえず、母は間もなく病死しました。」と姜恒はため息をついた。「私は兄と支え合って生きなければならなかった。」

「ハンアル。」耿曙が屏風の後ろで言った。姜恒は「うん。大丈夫だよ。」と答えた。耿曙は姜恒の意図を理解していない。姜恒が描いて見せたのは、昭夫人と自分たちの人生のように思え、耿曙は姜恒が悲しんでいるのではないかと心配した。

羅望は声を震わせて言った。「いや……ありえない、まさか?彼は……いや!ありえない!どこで知ったのだ?!」

姜恒は真剣な口調で続けた。「その後、郢軍が滄山麓の楓林を占領し、私と兄は長年離れ離れになりました。私はただ兄を見つけたかった。まだ生きているかもしれない私たちの父を見つけたかった。」

「君の兄さんはどこへ行ったのだ?」羅望はようやく気づいた。姜恒は長年離れ離れになっていた彼の幼子ではなく、ただ別人の身分を借りているだけだ。そこで、十年前にすべきだったこの質問を彼に投げかけた。「海閣に行ったと聞きました。武功の高いある方を師として拝すために。さて…」姜恒は少し体を傾けて、羅望に向かってささやいた。「……羅大兄さん、私の疑問を解いてくれませんか。あなたには妻と息子がいますか。」

この一手は羅望の最後の砦を一瞬にして破った。10年前のことは、忘れられたことがない。無数の悪夢が、姜恒の一言とともに、再び目の前によみがえった。

「君は……」羅望の目から涙が止めどなく流れた。世の移ろいを吐き出すかのように、彼は長いため息をついた。「まあいい、まあいい。昔のことをどうやって知った?」

姜恒が求める言葉はそんなことではない。彼は羅望の目をじっと見つめた。

「羅大兄さん、もし息子さんがまだ生きていたら、どんな世の中に生きてほしいですか。焦土のような世ですか、それとも豊かで平穏な治世ですか。」とつぶやいた。

羅望は姜恒を見つめた。両目は真っ赤になっていた。

姜恒は羅望の目の前で、粉薬を振るって杯に入れた。

 

耿曙は屏風を介して姜恒の動きを見ていた。烈光剣の柄を握りしめて、いつでも手が出せるようにしていた。姜恒は続けた。「羅大兄さんには子供も妻も家もありません。あなたが生涯かけて戦ってきたのは何のためですか。あなたが援助した孤児を通して想うのは、あなたの子供もこうなっているかもしれないということでしょう。人は生きるために、やはり何か目標が必要です。羅大兄さん、このお茶には毒が入っています。兄が私に配合してくれたのです。私たち二人は父に捨てられて、私の兄は今中原にいません。もしいつか父に会ったら、この薬で毒殺するようにと言われました。正気の沙汰ではありませんよね。」

姜恒は笑った。「飲みたければ飲んでください。もしくは、私たちのために、太子謐のために、天下のために、戦乱で両親を失った子供たちのために、何かしたいというのであれば、しばらくこれは預かっておきたいと思います。」

 

羅望は姜恒を見つめ、しばらくしてから小声で「今は元気に生きているのか。」と言った。姜恒は真剣に答えた。「私は死にましたが、兄は生きています。」

耿曙:「恒児?」

姜恒は耿曙には答えず、「私は穴蔵の中で死にました。」と言った。羅望は聞くや否やむせび泣き始めた。全身を震わせて泣いた。姜恒は微笑んだ。「兄はまだ生きている。それは不幸中の幸いと言えますよね。」

「母さんは死ぬ前に、」羅望は嗚咽しながら聞いた。「何か言っていたか?」

「知りません。」姜恒はほほ笑みながら言った。「あの年、私はまだ小さくて、何もよくわからなかった。どうして父は帰らないのか。どうして兄がこんなに怒っているのかも。」

羅望はずいぶんたってから、やっと落ち着きを取り戻してうなずき、「ありがとう。」と言った。

「羅大兄さんは心を決めましたか」姜恒は毒入り茶を羅望の前に押し出した。

羅望は「とりあえず預かっておいてもらおうか。お兄さんが来た時に飲むことにしよう。」と答えた。

 

「はい次の方!」姜恒は横柄な態度で、外で待つ太子謐に向かって叫んだ。

李謐が慌ただしく入ってきた。予想していた羅望の死体はなかったためほっとした。

もし今姜恒が手を下して羅望を取り除き、城内の大将軍が行方不明になったとしたら、政局に激しい変動を引き起こし、想像にたえない結果をもたらすだろう。幸い彼は生きていた。

「何をすればいいのかね?」羅望は聞いた。

「太子殿下とご相談下さい。後はあなた方代国人の内政についてですから。」姜恒は答えた。

 

一時辰後、姜恒は耿曙と屏風の裏で軽食をとっていた。

「うまくやったみたいだな。」耿曙は信じがたい様子で言った。姜恒は耿曙に点心を一口食べさせた。「殺人は下策、攻心が上策。後は彼が解決できる。」

 

姜恒の想像した通り、羅望はやはり羅宣の父だった。初めて会った時から、何となく感じてはいた。羅望の彼に対する親近感が如実に語っていたのだ。---姜恒は12歳から16歳まで羅宣のそばにいた。この人生で最も重要な時期に一緒にいたことで、身のこなし、口癖やなまり、全てが羅宣の影響を受けていた。羅承の本当の姿は長い年月を経て記憶が薄れてきていたかもしれない。だが、羅望の心の奥深くにはいつも残っていたはずだ。彼は、羅承風に変装した姜恒を通して、小さかった息子の姿を垣間見ていたのだ。

姜恒は2人の息子と妻に対する羅望の悔恨の心につかみかかり、間もなく始まる戦争を止めるよう強要した。耿曙は姜恒にそのいきさつを聞かなかった。姜恒も羅宣の家の事情を兄に説明するのは気が進まなかった。だが姫霜は「姜公子は本当に人の心を操る達人ですね。」と口をはさんだ。「そんなことはありません。」姜恒は笑顔で答えた。

 

「あなたから見たら、私の心にどんな闇があるかもわかるのかしら?」

「心の闇をつくのは逃れようのない攻撃です。敵に対して行うこと。霜殿下は私の友であり、敵ではありませんから、そのなことは絶対に致しません。」

姫霜は淡々と言った。「天下には永遠の敵はいませんし、当然永遠の友もいません。つまり、私たちもいつか、敵対するかもしれません。姫家はみな狂っていると誰もが言います。もしその時が来たら、公子、汁殿下はどうされますか。」

耿曙は答えた。「あなたが恒児の敵になった時には、申し訳ありません。烈光剣を授けて下さった時、殿下はそんな日が来ることもあると思っていたはずです。」

姜恒はすぐに言った。「殿下、あなたは王族です。代国の王族ではなく、天下の王族です。私たちは晋天子の家臣ですから、天子が崩御されても王族に手を下すことはありません。」

耿曙は姜恒を見た。姜恒は顔をしかめた。どうして公主にそんなことが言えるの!

耿曙は口を尖らせた。彼は前日姫霜が家の仇と言ったことを今でも心の中で怒っていた。

姫霜はそっと言った。「私の命を取るかどうかは後でゆっくり話してください。李靳が来ました。」

「失礼をお許し下さい。殿下は人を殺したことはありませんね。」姜恒が尋ねた。

姫霜は「ありません。どうしてわかりましたか。」と答えた。姜恒は屏風を通して姫霜の姿を見た。「姉上の手は震えていますから。」姜恒は言った。

姜恒が呼び方を変えたので姫霜も変え、逆に尋ねた。「姜小弟、あなたは人を殺したことがあるのですか。」姜恒は笑顔で答えた。「私もありません。殺したと思っていたのですが、失敗でした。」

姫霜は言った。「あなたの手は震えなかったの?」

「震えませんでした。わたしは怖くなかった。待っていれば兄が来てくれると分かっていたから。」

耿曙は言った。「俺は毒を盛ることはできないが、剣で一突きならできる。ただ、霜公主には床を拭いてもらうことになる。」

姜恒は注意した。「絶対やめて!そんなことになったら大暴れしてやるから。」

耿曙「お前も大暴れできるようになったんだな。」

耿曙は自分に対して姜恒と姫霜でこんな風に手を組んでこられるのが、とても不満だ。反抗もできず、ただ言うことを聞くしかない。受け入れがたい思いだ。

その時侍女の声がした。「殿下、李将軍がお着きです。」

李靳(リジン)は大股歩きで殿内に入って来ると、姫霜に頭を下げて礼をとった。「殿下。」姫霜は李靳に、おかけなさいという仕草をした。

「驚いていないようですね。」姫霜は言った。

李靳は公主からこのような呼び出しがあると早々にわかっていたようだ。「驚く?いえ、驚いてはいません。公主は私の職務が何かお忘れですか。」

李靳は城防軍の大統領だ。城中の配置、商人の活動について熟知している。一度でも姫霜の秘道が使われれば、何が起きているか彼に隠しておくことはできないだろう。

この前は、城門の前であわただしく会っただけで、姜恒は李靳と詳しく話をする暇がなかった。だが今、屏風を通して見た彼の姿に、ふと奇妙な既視感を覚えた。

彼の声は澄んで耳に快く、耿曙に似ている。座り方もまっすぐだ。代国王族でもあるこの若く将来を約束された青年は、20代ですでに高位にある。前途は洋々無限であろう。ただし、彼が正しい側についていることが前提だ。

姫霜は彼を知って久しい。子供の頃、宮中で一緒に育ち、お互い切っても切れない複雑な思いを秘めていた。だが大人になるにつれて、それらは、心の中に置くしかなくなった。

彼女は事の経緯を大まかに李靳に説明した。何の隠し事もしなかった。――これも姜恒計画の一環だ。李靳はそれを聞いて考えた。「私が聞きたいことはただ一つ。もし私が承知しなければ、屏風の後ろの2人の刺客が、私を刺しに来るのですか。」

「いいえ」姫霜は答えた。「決してそんなことはしません。彼らの任務は、私の安全を守ることだけだと保証します。あなたが誰を選んでも、あなたの命に危険はありません。」

李靳は卓上のお茶を見て、長い間黙っていたが、「こんなことは、誰のためにもしないが、あなたのためにならできる。王妹。」と言った。

「ありがとう、王兄。」姫霜は2人が幼い頃に過ごした時間を思い出した。

「羅将軍に会いに連れて行ってください。彼は今どこにいますか。」

姫霜はまさか、李靳がこんなに簡単に承諾するとは思わなかった。すべての問題がこの瞬間に消えた。屏風の後ろで姜恒は耿曙と手を叩きあった。

李靳は「屏風の後ろのお二方、今なら出て来られますかな。」と言った。

姜恒は答えなかった。姫霜は姜恒と耿曙のことを明かしたくはない。知っている人は少ないほどいい。だが、姫霜は「王兄とは遅かれ早かれ会うことでしょう。お出になって。」と言った。

 

この頃、羅望と李謐は府内の別の場所で行動の詳細を相談していた。李靳が自ら立ち上がると、侍女が来て、彼らのところに案内した。李靳が去った後、姫霜は屏風の向こうの耿曙に向かい、「彼は誰も信用しなくとも、私のことだけは信じているのです。」と説明した。

耿曙は「それはまた別の昔話が聞けそうだ。」と言った。

「婚約は解消されたのですよ。淼殿下は勘ぐりすぎではありませんか。」

「殿下が先に言い出したのです。」耿曙は珍しく流暢に言い返した。「欲蓋弥影(隠そうとしてボロが出る)とはこういうことなのか。」

姜恒は口の形で伝えた。『兄さん、あまりにも失礼だ。』

 

姜恒は「さて、事は解決しました。兄は口下手で、失礼なところがあります。霜殿下には、どうか大目に見ていただけますよう。」と言った。

姫霜は「私は淼殿下が口下手だと思いませんが、議論は避けることにしますわ。」と答えた。姜恒は苦笑いせざるを得なかった。耿曙は何も言わずに、立ち上がり、その場を去った。

姜恒は李謐と羅望、李靳の話がどうなったか見に行こうとしたが、耿曙の気持ちを考えた。ずいぶん怒っているようだ。耿曙は本来他人に興味がない。彼が、自分以外の誰かのことを「少し」気にしているのを見たのは初めてだった。

「何をやっているの?」

耿曙は足早に部屋に戻って来た。「荷造りだ。」耿曙は姜恒を一瞥して答えた。「もうやることはない。全て終わった。行くぞ。」

姜恒は笑顔で耿曙を見たが、何か言うのはやめておいた。寝台に横になって耿曙を手招きした。耿曙はイライラしていた。今はもうわかった。自分は姫霜が好きではない。だが、俺たちは手伝いに来てやったんだ。何の得もないし、婚約を強要してもいないのに。それなのに、姫霜は知ってか知らずかいつもそれを持ちだして来る。だが、そんなことを説明する必要はない。自分の思いを姜恒は全てわかってくれているのだから。

「これが終わったらどこに行くんだ?」ここ数日、耿曙が最も多く言ったのはこの言葉だった。

「どうしていつも同じことを聞くの?わからない。考えてない。」

「でもどこかへ行かなければならないだろう。」

「それはそうだけど、今決めなければならないの。もし言わなかったらどうする?」

姜恒は言いたかった言葉を飲み込んだ。唇が動きかけた。本当は行き先を決めていたが、今すぐ耿曙に話したくなかった。耿曙はうなずくしかなかった。

「残って公主の駙馬になるのもいいかも。」

「それ以上言うと、殴るぞ。」

姜恒はおとなしく従った。「わかった。もう言わないから、兄さんもどこに行くのかって聞かないで。」

「取引成立。」耿曙は答えた。「来い、抱きしめさせろ。」言い終わる前に姜恒を胸に抱いて寝台に転がり込んだ。耿曙にとって最も大事なのはこういう時間だ。1年前に姜恒が生きていることを知らなかったときに姫霜と引き合わされていれば、うまくやって行けるか考えていたかもしれなかった。しかし、姜恒が生きて帰ってきた今は、もう考えられなかった。

 

さっき姫霜が言ったことは、火に油をそそぐように、彼の怒りを燃やした。姜恒がいなかったあの頃だったら、きっと怒りをぶちまけていただろう。だが今は何があろうと、姜恒がいれば、はいはいそうですか、別にかまいませんよ、という感じだ。

弟が帰ってきた。世の中の全てが美しく見えるようになった。何の不足があろうか。

今の耿曙には、心の中にほとんど恨みというものがない。今まで生きて来た中で、どんな時よりも今のこの世界が愛しかった。

 

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そうね、姜恒がいなくて、姫霜がダークな本質をうまく隠していれば耿曙はそれなりに姫霜に惚れていたかもね。そして男子が生まれたら頃合いを見て殺されただろうな。

耿曙は『姫霜が好きでない。』と言っているけど、ずっとずっと後の章で、「俺は前に彼女が好きだったことがあっただろう?」というセリフがある。う~ん