非天夜翔 山有木兮 翻訳の練習 61

非天夜翔が好きすぎて自分が読むために200話翻訳しました。万が一同じような趣味のかたが読んでおもしろいと思って下さったら是非原作を正規のルートで手に入れて読んでみてください。営利目的ではありません。要求があれば、すぐに削除します。

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第61章 汀丘宮:

 

その夜。

宿屋に戻った耿曙は夜行服に着替えた。姜恒は「じゃ、早く行って早く帰って来てね。」と言った。「何を言っているんだ?一緒に行こう!」

とたんに姜恒の目が輝いた。「一緒に行く?私も行っていいの?」

「もちろん、俺のそばを離れるなと言っているだろう。」

「でも、人を救いに行くんでしょう。」

「お前の世話ができるからな。」耿曙は夜行服を見つけたので、それまで自分が着ていた黒武衣を姜恒に着せた。「お前の世話ができないなら、李謐を死なせる方を選ぶ。」

姜恒:「……」

一緒に李謐を救いに行きたいのは山々だが、自分のへなちょこ攻夫では壁に飛び乗ったり屋根を駆けまわったりするのは無理だ。耿曙が連れて行く気になっていると知り、姜恒はわくわくした。

夜行服を着た耿曙は、体つきがほっそりして見え、姜恒は項州を思い出した。

「覆面をつける?」

「何のために?お前の兄貴は天下2位だぞ。」耿曙は姜恒の評価を覚えていた。亡くなった昭夫人が天下一なのは敢えて話題にしない。姜恒は耿曙の武功は確かにすごいはずだと実感している。これは羅宣と直接比較して、姜恒が出した結論だ。

羅宣はかつて海閣で彼を連れて屋根に上がったことがある。その時は3歩必要だった。窓の台に上がるのに一歩、柱を踏むのに一歩、屋根に最後の一歩を踏み込んでいた。耿曙は姜恒を片手に抱いて、少し足を踏みこんだだけで屋根に上がっていた。

「秘薬を持ってきたんだ。運が良ければ、人を殺さなくてもいいはずだよ。」姜恒はドキドキしながら言った。「お前がいやなら、もちろん殺さない、点穴して動けなくするだけでいいだろう。」

 

耿曙と姜恒は宿屋の屋根から厩舎に飛び降りた。そして馬に乗って小道を通り、町を出た。上から衣を来て夜行服は隠している。城門が閉まるのにぎりぎり間に合って、無事に町を出た。口笛を聞いて、すぐに海東青がどこからともなく現れ、翼を広げて飛んできた。「風羽!」姜恒は言った。西川城に入る途中、風羽は飛んで行ってしまい、それ以来見ていない。

この鷹は明らかに普通の人が持てるものではない。持ち主の身元が一目でわかってしまう。そのため耿曙はよく言いきかせて、離れているようにさせていた。

「何でこんな時に戻って来た?」耿曙は眉をひそめた。

「どこに行かせていたの?」姜恒は尋ねた。

耿曙は首を横に振って、最後に「何でもない、こいつはお前と一緒にいたかったんだ。」と言った。姜恒は海東青の頭を手の甲で触れた。耿曙は「来たからには、連れて行こう。」と言った。八十里の道を駿馬で疾走し、2時間で到着した。月が中天に来る頃、耿曙は遠くに汀丘離宮を見つけた。

「救い出したらどこに隠す? 公主府には行けないだろ。」

「まだ考えていない。でも軟禁されていた太子が行方不明になったら、西川は必ず警戒する。とりあえず私たちの宿に居てもらおう。」

「見つかった時はどうする?俺は2人は守れないかも。」

「だったら放っておくしかない。さっき彼は二の次みたいに言ったのは誰?人にはそれぞれ運命がある。彼に任せておけばいい。」

耿曙「……」

二人は顔を見合わせた。耿曙は思った。それではあまりにも無責任だ。殺人も辞さずに太子を牢屋から出しておいて、危険があれば放っておくのか。彼をもてあそんでいるようなものだろう。姜恒は意味深な笑顔を見せ、耿曙に目配せした。やはり何か計画があるようだ。

 

汀丘離宮の外で、耿曙は一歩で高い壁に飛び乗った。黒い夜行服姿で夜の闇に身を隠す。警戒心の強いすらりとした狐のようだ。

「守りがすごく厳重だ。」耿曙はつぶやいた。

「そうなの?」姜恒は壁の下にいた。期待に胸を膨らませている。「中にいるのかな?」

耿曙は壁の外に四名の守衛を見つけた。頭が痛い。手を伸ばして、姜恒を引き上げ隠した。

 

「俺について来いよ。」耿曙は小声で言った。二人は黒服姿で壁の上を頭を下げて通り抜けた。耿曙は月を見た。黒雲がもうすぐ過ぎ去りそうだ。月が現れると、彼らの体の影はすぐ守衛に見つかるだろう。

耿曙は庭の築山の後ろで壁を降り、姜恒を暗闇の中に隠した。鞘のついた短剣を渡し、「ここで待っていろ。呼ぶまで出てくるなよ。」と囁いた。

築山の前には侍衛が二人いた。しかも死角が全くない。耿曙は頭を上げて、海東青が離宮の上の空高いところで旋回しているのを見た。

月が出て、汀丘離宮の寂寥とした宮殿群に月光が射した。

姜恒は遠くから耿曙を見ていた。耿曙は手を上げ、指をそろえて前に振りおろした。兵に「進軍」の合図をするかのようだ。海東青は音もなく影のように急降下して、2人の守衛に当たった!守衛たちはおどろいて、「何だ?!」と叫んだ。

耿曙が五本の指を撒くと、海東青は壁の上まで飛んで行った。2人の守衛は見上げた。

ひどく驚かされて、1人が言った。「羽毛野郎め!」

その瞬間、耿曙が2人の後ろに立ち、ドスン、ドスンと音を立て守衛は倒れた。

 

姜恒は目の前の出来事にあっけにとられていたが、我に返った。耿曙が振り向いて、「出てきて、彼らの服を上から着ろ。」と言った。姜恒は守衛の息を確かめた。耿曙はむっとした。「死んではいない。俺は殺人鬼ではない。彼らの命を取ってどうする。」姜恒は安心して、耿曙に向かって恥ずかしそうに笑った。

 

「私はうるさすぎるかな。」と姜恒はため息をついた。あまりにも慈悲深くては災いを招くだけだとわかっていたが、彼は刺客のようにはなれない。侍衛が道を遮ったからと、彼らを殺すのはいやだ。「いいや。」耿曙は姜恒に侍衛服を着せながら、「お前の心に仁義があるのが、俺はとても好きだ。行くぞ。」と言った。

 

耿曙は姜恒の手を引き、早足で回廊を迂回して離宮寝殿の方向に向かった。「あなたはなぐさめてくれるけど、私はいつも考えている。羅望には欠点がある。兵を率いるなら情けは禁物とみんな言うでしょう。だから彼は将軍には向いていない。」

「いいや」耿曙は足を止め、旋回する海東青を見上げた。「俺は本気でそう思っているよ、恒児。知っているか。あれ以来、俺はよく霊山の災難は、天からの罰かもしれないと後悔しているんだ……。」

 

姜恒は「シーッ」と言って、耿曙を引っ張って柱に隠した。また見回りの守衛が来た。姜恒は耿曙を見た。黙っていても、耿曙の目を見ればよくわかる --彼は自責の念を抱いていた。もし彼があんなに冷酷に人の命を扱っていなかったら、すべてが違っていたかもしれない。しかし、今は仕方がないかもしれない。殺すことになるかもしれない。前方には4人の守衛がいる。誰かが叫べば、外にいる千人以上の兵や、寝ている守衛を驚かすからだ。耿曙の親指は烈光剣の剣格を軽く弾き、片手を剣の柄に押しつけ、姜恒を背後に留めた。

 

姜恒はそっと耿曙の袖を引いた。線香を取り出し、火をつけて折ると、唇の動きで、「やってみよう」と告げた。彼が線香に火をつけると、迷香が廊下内に広がった。間もなく侍衛たちは気絶して倒れた。耿曙はうなずいた。通り抜けると、庭園の後ろの廊下に着いた。2人は提灯を持って巡回している侍衛と顔を合わせた。

 

「交代か?」彼らは遠くにいて、異変に気付かなかった。「少し休んでくれ。」耿曙は雍国で日頃から侍衛と付き合いがあり、内廷の規則をよく知っていた。「老大は寝た。兄弟たちはあんたが1局開くのを待っている。」と言った。ここで姜恒が何か言えば、ぼろが出るだろう。相手は意外にも疑いなく、「そうか、じゃあ、ごくろうさん。」と答えた。そして背を向けて去って行った。耿曙が中を覗くとそこは書斎だった。入り口の衛兵は配置を変え始めた。

「行ってくれ」耿曙は小声で言った。「俺は外を守っているから。」

 

姜恒は戸を押し中に入った。離宮全体に侍衛がいるため、書斎の外は逆に警備がそれほどではなかった。書斎の真ん中には、元気そうな若者が座っていた。単衣姿で、体格ががっしりしている。耳の下には薄いあざがあった。力強い腕、勇猛そうな目。姜恒が想像していた太子謐とは全く違う。

 

李謐は30歳くらいの武人だった。兵士らしい気概がある。李宏の剣眉に更に英気を加えた顔は、鼻が高く目が深い西域人の特徴を継承している。瞳は少し金色がかった褐色で、純粋な中原人の漆黒の瞳ではない。李家の西域の血統が彼に伝承されている。すでに薄くなってはいるが、この混血太子の見目はよい。

 

「私はもう寝る。」李謐は本を手に持ち読んでいた。近くに置いた竹盃を見て、「水を入れたらもう退がってくれ。」と言った。姜恒は考えた。どうやって李謐に正体を明かして、自分に従うように説得するか。長々と話したところで、必ずしも李謐を説得することができるとは限らないし、まして彼が二言三言で自分を信じるとは限らない。

「殿下は何の本を読んでいるのですか。」

「百戦百勝は善の善なるものに非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なるものなり。兵家だ。」

「凡そ兵を用うるの法は、国を全うするを上となし、国を破るはこれに次ぐ。」姜恒はそばに行くと、水壺を手に取り、李謐の杯に水を入れた。李謐は目を上げて、姜恒を一瞥した。「その通り。戦わずして人の兵を屈してこそ、完全なる勝利と言えよう。」

「殿下のお年でしたら、孫子は読まないことをお勧めします。読むなら他の何かがよろしいかと。」

 

李謐は本を置いて、姜恒を見た。怒ろうとしていたのにハッとして、顔色を変えた。

姜恒は水を入れ終えると、誠意をこめて言った。「一文ずつ別々に読めば、すべて殿下が理解した通りです。でも文章を合わせたものの意味を、殿下は全くわかっていません。」

耿曙は部屋の外で話を聞いていた。視線は月夜の空を旋回する風羽に向けていた。風羽の飛翔経路を見れば、交代した侍衛は離宮の北から南に向かって進んでいる。南東に着いて、築山の後ろに隠した気絶した侍衛が見つかれば、全宮はすぐに警戒するだろう。

 

「どうして私がわかっていないというのだ?」李謐は不機嫌になった。

「読み解けば、『戦わずして人を屈する兵』にこだわることはないからです。」姜恒は何でもなさそうに言った。

「ではこの話はどう説いている、小兄弟にご教授いただきたい。」李謐は目の前の人が侍衛ではなさそうだと気づき、本を置いて姜恒を真剣に見つめた。

「戦わずに勝つのは最善の方法ですが、百戦して勝つために、何も方法がない中では、最善の方法だということです。」と姜恒は真剣に言った。「殿下にお聞きします。『孫子』13編の中で、『戦わずして勝つ』方法について述べている編はありますか?」

「いいや」李謐は答えた。

姜恒は少し手を広げた。その意味は明らかで、『そうでしょう。』

 

「十三篇六千余字は、いずれも『戦の道』を語っているので、孫子を読むことは、『非善の善』を学ぶことです。あなたが欲しいと思っている、不戦屈人の策略については、『孫子』では一言も触れていません。殿下は、戦う勇気がないことについて、『孫子』の中に少しでも慰めを求めようとしているにすぎません。」

 

李謐は黙って立ち上がり、姜恒の前に出て、少し頭を下げて彼を見た。この言葉は実に李謐の痛いところを突いていた。「戦」はここ数年、代国で最もよく登場する言葉だ。でも誰と戦うのか?何を頼りに戦うのか。李宏の仮想上の敵は、北雍汁氏を含む東方四か国であるが、李謐にはよくわかっていた。最大の敵は、まさに自分なのだと。自分に父親を敵に回す勇気があるのか。あるわけがない。

 

「君はどこの国の者か。それは我が国の王家の問題だ。」

「あなたの父王が兵を出せば、それはもう王家の問題ではありません。天下の問題です。殿下、私は天下中の人々に頼まれて、大きな危険を冒して離宮まであなたを助けに来ました。あなたは堂々と戦いに出て行きたいですか?」

「私が君と一緒に行かなければ、君は私をどうするつもりだ?」

「仕方がないですね。その時は私たちは別の方法で戦いを止めます。『非善の善』をとるしかないでしょう。」

「君は私の父王を暗殺したいのか?」李謐は突然危険を感じた。同情したことを後悔した。「君に忠告する。来たところに帰りなさい。」

 

「汁琮にはやってみたのだから、試してみてもいいかもしれませんね。」

李謐は震撼した。少し前、太子霊が諸侯国君に告げた手紙を思い出した。西川に送られた手紙は私的に一度開けて内容を読んだが、衝撃的だった。この世の中には、今でも汁琮を暗殺する勇気がある人がいるのか。本当にやつを手に掛けたのか?!