非天夜翔 山有木兮 日本語訳 第10章

非天夜翔 山には木があり

第10章 盗賊:

 

「俺は……」耿曙は口ごもり、姜恒に向かって一歩踏み出した。

姜恒は震えていた。後ずさりせずにいられず、無意識に彼を避けようとした。

「恒児(ハンアル)!」耿曙は言った。「今度はどこへ行くんだ?」

姜恒はついに泣き出した。肩をすぼめていると、耿曙がとんできて、袖を引き、懐に抱きこもうとした。姜恒はもがいた。目に恐怖を映し、よろよろと少し逃げた。

耿曙「恒児(ハンアル)……弟弟(ディディ)!」

姜恒は泣いていたが、その呼び名を聞いて、だんだん落ち着いていった。耿曙はため息をついて、「焦ってしまったんだ。兄ちゃんが悪かった。見せてくれないか。」と言った。姜恒はまだ逃れたかったが、耿曙の方は、彼を抱きしめずにいられなかった。買ってきた肉、卵が地面に落ちた。二人の子供は、こんな空いっぱいに硝煙が立ち上る中で抱きあっていた。

「食べものが……食べものが!」姜恒は涙を拭いて、急いで耿曙に注意したが、耿曙は地面いっぱいに散らばった食料を気にしなかった。

 

最後に、耿曙は姜恒の額に口づけし、姜恒はやっと解放された。耿曙があやまっているのだとわかって、涙を拭いた。地面にしゃがんで食べ物を拾うのを、耿曙はしばらくぼんやりと見てから、「拾わないで、汚れているよ。」と言った。卵は割れたが、肉はまだ食べられる。耿曙は大変な思いをして買ってきた腊肉を片手に持ち、もう一方の手は姜恒の手をしっかり引いて家に帰った。

 

「母さんはいつ帰ってくるかな?」姜恒だんだんと気持ちが元に戻り、不安そうに尋ねた。「外では人が死んでいるの?」

放心していた耿曙は姜恒に何度も聞かれているのに気がつくと、「町を出ていないので、わからない。」と答えた。そしてすぐにあっと思い、「誰も死んでないよ。家が燃えているだけだ」と言い直した。

 

城内では反乱が起きていた。人を殺して火を放ったり、強姦したりする悪党が多く、耿曙は途中で何人かの人を救ったが、あまりにも多くてそれ以上かかわれず、家で待つ姜恒のことを心配して、急いで帰ってきた。しかし、姜恒には何も言わずに話題を変え、「あとで腊肉をご飯と一緒に煮て食べよう…」と言った。

 

話の途中、家の前に着くと、二人は急に同時に口をつぐんだ。

耿曙は姜恒を壁に上らせて家に入ろうとしたが、姜家の大門は開いていて、左の門も半開きになっていた。

「母さん!」姜恒はすぐに大声で叫んだ。「衛(ウェイ)婆!」

「行くな!」耿曙は壊された銅錠を一目見て、すぐに姜恒を自分の後ろに引き戻した。

姜恒「???」

家の中から男の笑い声が聞こえてきた。耿曙は矢のようにとんでいった。姜恒は追いかけ、中を見た瞬間、目を疑った。姜家の大邸内はめちゃくちゃにひっくり返され、金目のものがすべて取り出されていた。

中庭には暖簾が敷かれ、銀器、銭、昭夫人の首飾り、姜恒の墨硯、毛皮、絹織物、銅鏡、さらには衛婆の部屋の燭台まで、次々に投げつけられた。横には板車が止まっている。3人の男のうちの1人が耿淵の黒剣を手にし、何度か振ろうとして、ぐらついていた。後の2人は姜家の貴重品がのった暖簾を巻き上げて、板車に投げて去ろうとしていた。

「泥棒だ!」姜恒は世間のことを知らなくても、家に泥棒が入ったことはわかった。

最初に頭に浮かんだことは、『すぐ役人に知らせないと。』

耿曙はこの一幕を見るや否や、怒りの炎が燃え上がった。買い物を置くと、姜恒をそばに立たせた。「前に出るなよ。」耿曙は小声で言った。「何があっても、前に出るな」

3人はにやにや笑って、姜恒と耿曙を見た。

「お前の母ちゃんは?」最初のごろつきは姜恒を認識し、「早く母ちゃんを呼んで来いよ。ほら行け。この暴動のさ中、お前んちには男もいないんだよな。母ちゃんをおじさんたちに渡しな。」と言った。耿曙は怒りに震え、ただゆっくりと前に出て行った。姜恒は後ろに半歩下がり、「兄さん」と言った。

「は?」

3人はお互いに視線を交わしあい、1人が「姜家には私生児もいるのか」と言った。

「見たことないな」別の1人が笑って言った。「この子は命乞いをしたいのかな?」

三人はまたひとしきり大笑いし、重荷を片付けた二人はそれ以上耿曙を見ようともせず、かしら役の男は左手に剣を持ち、右手を伸ばし、耿曙の肩を押してどかせようとした。耿曙はその男の腕を片手で引っぱり、自分に方に引きこんだ。左手を男の右腕の下に入れ、男の体を強く押して、更に強く力をこめた!

一瞬にしてごろつきのかしらは、けたたましい悲鳴を上げた。腕が真っ二つに折れた音がした!姜恒はびっくりして、「兄さん!」と叫んだ。他の2人が立ち上がった。何が起こったのかわからないまま、同時に耿曙に向かって走った。耿曙はすでに黒剣を奪っており、振りかえって剣を振り、1人をたたいた。

鉄が肉にあたる、どすっという音がして、男は中空で鮮血を吐いて、地面に倒れた。

残った一人は驚愕した。すぐ目の前の子供が、自分がかなう相手ではないことがわかり、仲間のところに行って、けがをみるべきか、それともとっとと逃げるべきか一瞬迷った。そのわずかなすきに耿曙はまた前に飛び出し、剣を最後の一人の胸に振り下ろした。男は肋骨が折れて、大声で叫び、地面に転がって、咳が止まらなくなった。

 

瞬く間に耿曙は姜恒の前で3人をやっつけると、再び剣を振り回した。姜恒は無意識に

後ずさり、目を閉じた。耿曙の背後から息を吸う音が聞こえてきて、振り向くと姜恒が

おびえている。一念の差で、男たちを斬るのは止めた。

 

耿曙が初めて人を殺したのは、父耿淵(ガンユエン)の死後、母が首をつった日だった。

梁王が崩御し、安陽城市は大混乱していた。隣人の屠殺夫は耿曙の母が自殺するだろうと当たりをつけ、彼女の死後に死体を汚すためにやって来た。

その日、耿曙は野獣と化し、屠殺夫を十数刀斬って、自分も全身血だらけになった。

その後、潯東までの旅の途中、流民、強盗、山賊を殺したこともあった。彼にははっきりわかっていた。人を殺すと血を見る。人の体の中には多くの血がある。想像以上に多く、人の頭を斬れば、鮮血はあちこちに噴き出すのだ。彼は自分が初めて人を殺した日を永遠に忘れられない。今斬れば、姜恒は自分のように一生忘れられなくなるだろうと思った。

 

「出て行け!」

耿曙は姜恒が怖がるのを見たくなくて、彼らを逃した。

姜恒は激しく喘ぎ、耿曙を見ていたが、3人のごろつきがびっこを引いて姜家を出ると、ゆっくりと歩いてきた。

耿曙が振り向いて門を閉めようとした時、姜恒が突然後ろから腰に抱きつき、彼の背中に頬をつけた。兄弟はしばらく静かに立っていた。

ふと姜恒が「兄さんが剣を使えてよかった。びっくりしたね。」と言った。耿曙は「大丈夫だ。怖がるな。」と言った。姜恒がこの午後受けた衝撃はあまりにも多かったが、彼はすぐに平静を取り戻した。彼にとっては、門を壊して盗賊が入ってきたことは、耿曙に叩かれたことの衝撃には及ばなかったのだ。

 

耿曙は門の外に出て、折れた銅錠を門に再び結び付けようとした。

姜恒はひっぱり出されたものを再び堂屋に引きずり込んだ。耿曙は何度か銅錠をたたき、鉄芯をねじって、やっと門を再び施錠した。部屋に入ってからは、台の上に少し足を広げて座り、忙しく動く姜恒を見ていた。

姜恒は家の物を点検して、歩きまわり、貴重品を元に戻していた。耿曙は黙っていたが、最後に「いじくらないで、そのままにしておけば。」と言った。

「母さんが帰ってきたら、どうしたのかって聞くよ。」

姜恒は母がこのことを知るのが怖かった。家のこともちゃんと見ていられない、とまた彼をののしるかもしれない。

「二人は……帰ってこないかもしれない。俺は家を片付けて、お前を連れて行こうと思う。来て、恒児(ハンアル)」。

 

耿曙は突然呼びかたを変えた。姜恒は少し奇妙な感じがした。実はさっき外で耿曙が「恒児」と言った時も、少し不自然に思った--

彼らは朝な夕な一緒にいて、一人がもう一方に向かって話していれば、名を呼ぶ必要はなく当然相手が自分に対して言っているとわかる。姜恒はたまに耿曙を「兄さん」と呼ぶが、耿曙が姜恒を探しているときは、「いるか?」と叫ぶだけで、姜恒はすぐにやってきた。

 

「やる。これはおまえがつけろ。」耿曙は首の玉玦を外して、姜恒に渡した。

姜恒は受け取ろうとしない。耿曙はまた「言うこと聞け。お前を守ることができるんだから。」と言った。

「どこにも行かないよね。」と姜恒はためらった。「だったらどうして私に?」

耿曙はいらいらして言った。「つけろと言ったらつければいいんだ。俺はどこにも行かない。」

耿曙は一晩中考えていた。彼は姜恒が外に出てくるのを恐れていた。自分は2時辰しか外出していないのに、2人とも大変な思いをした。これからは目を離さないようにしなければ。母は、この玉玦は身を守り、命を護ると言っていた。やはり姜恒に身に着けさせたほうが安全だと思った。姜恒は彼がどこにも行かないと言うので、玉玦を受け取った。耿曙は膝の上や、体の灰をたたいた後、まるで人生の一大事のように言った。

「飯を作ってくるぞ。」

 

夜になった。耿曙は腊肉をご飯と一緒に炊いた。時々首をのばし、耳をすませると、

姜恒が片付けを終え、書斎に座って琴を弾いているのが聞えた。

琴の音は途切れ途切れ続いた。しかし琴が鳴っている限り、彼は少し安心だった。

 

城内は次第に落ち着き、外の世界は静まり返ったが、そこに潜んでいるのが静寂なのか安らぎなのか、彼らには区別がつかない。しばらくするとまた雪が降ってきた。二人の子供は夢中でご飯を食べた。姜恒はお腹をなでた。やっとここ数日の半飢餓状態が終わった。

 

「寒いね」姜恒はまた新たな生活の苦境を提起した。

「火鉢に火を入れよう。」耿曙が言った。

「薪は少し節約しないとね。今日は大寒だ。征鳥厲疾 水沢腹堅の候(鷲鷹が飛び始め、沢の水が厚く凍る)」

「うん、もうすぐ正月だな。大丈夫。明日探しに行ってくるよ。」

耿曙は食器を洗った。水の冷たさに手が真っ赤になった。しばらく姜恒の声が聞こえないので、出てみると、姜恒は衛婆の仕事部屋から、耿曙の布団を自分の部屋に運んでいた。

 

耿曙も何も言わなかった。この夜、外から他に来る人はいなかったし、いつの間にか庭の池が凍りついていた。姜恒は被を巻いて、油灯の下で耿淵の黒剣を見ていた。

「寝よう。」耿曙はそれだけ言って、油灯を消し、上着を脱いで寝台に上った。

「寒いか。」耿曙は暗闇の中で尋ねた。姜恒は寝返りをうって、「少し寒い」と言った。耿曙は2つの寝台を合わせて、姜恒を自分の懐に抱いた。2人の少年は単衣を着ていたが、耿曙の体温はすぐに姜恒を暖めた。「今は?」耿曙はまた尋ねた。

姜恒は耿曙の腕を枕にし、自分の足を彼の腰にのせて、「寒くない」と言った。

耿曙は手を伸ばして、姜恒の単衣の襟を少し外して、玉玦を現して、指でそれを触った。姜恒はもう寝ようとしたが、一生懸命に目をあけて、「つけてあげる」と言った。

耿曙は姜恒の単衣をしめて、「つけておけ。なくしたらいけない」と言って、また腕をまきつけ、彼の肩を抱いて、目を閉じた。

 

姜恒は夢の中でまだ何回か玉玦を引き出していた。昼間、あんな危険な体験をし、疲れた耿曙はすぐに熟睡した。知らないうちに、雪が止んだと思ったら、冬の夜はだんだん暖かくなってきて、まるで春、暖かく花が咲くころのようになった。

耿曙は目を開けた。姜恒は熱くなって不快になり、彼の懐を振り切って、布団を蹴ろうとした。

耿曙:「!!!」

「起きろ!」耿曙は慌てた。「早く起きろ!弟弟(ディディ)!恒児(ハンアル)!」

姜恒は寝ぼけていたが、耿曙に揺すられて起こされた。周りが明るく、外は赤く影がゆらめき、何が起こっているのかまだ分からない。

 

「火事だ!」耿曙はすぐに飛び起きて、黒剣をつかんだ。戸を蹴ると、外の火の光が煙を巻いて、入り込んだ。姜恒は大声をあげて、慌てて寝台を下りた。「火鉢は作っていないよね!」

耿曙は布団をつかんであたりをたたいて火を消した。部屋の中はすべて濃い煙で、姜恒は目をあけられなかった。目がいぶされて涙が出た。猛烈に咳をしながら、服を探した。「服はいいから!」耿曙は叫んだ。「口と鼻を覆って……ゴホン!ゴホン!」

耿曙はむせてゴホンと咳をした。周りはすべて炎だ。冬に家が火事になると、火勢は強風に乗る。火は一瞬にして姜家全体を飲み込んだ。この時姜恒はふと気づいて、後ろの窓を押して、叫んだ「兄さん……ゴホン!」

耿曙は火を消そうとしたが、火はあまりにも大きかった。手を姜恒の腰に回して、歯を食いしばった。「しがみつけ!」

二人は後ろの窓から飛びおりた。耿曙はめまいがした。武功がどんなに高くても、この濃い煙に向かってはなすすべがなく、煙を吸って頭がぼんやりしてきた。

背後で大きな音がして、何かが崩れた。耿曙の目の前が暗くなってきたその時、姜恒が

横から力を入れて彼を押し、自分は崩れてきた窓の桟と木の柱の下敷きになった。

 

「恒児!」耿曙は吼えた。

「いいから!」姜恒は火の中で涙をこらえ、「行って!」と叫んだ。耿曙は獣のように叫び、大量の煙を吸って咳をしながら、身をかがめて姜恒を探した。姜恒は腰を挟まれ、赤く焼けた木の柱が腰に乗り、鼻を突く肉の焦げ臭いにおいをさせていたが、もうかえって痛みを感じなくなり、「早く行って!行って!」と叫んだ。耿曙がついに姜恒の手を掴んだ。このままでは2人とも焼死する。すぐに息を止め、黒剣で木の柱をこじ開けた。

姜恒「私は……私は…」

「黙って!這い出るんだ――!」耿曙は限界まで声を出し、持てる力すべてでこじ開けた。姜恒も悲鳴を上げ、全ての力を尽くして這い出した。耿曙はすぐに姜恒を引っ張って、彼の腕を自分の肩にかけて、よろよろと姜家を脱出した。

 

 

(翻訳文はともかくとして、原作はものすごい臨場感。自分も子供なのにがんばる耿曙がいじらしい。)