非天夜翔 山有木兮 翻訳の練習 84

非天夜翔が好きすぎて自分が読むために200話翻訳しました。万が一同じような趣味のかたが読んでおもしろいと思って下さったら是非原作を正規のルートで手に入れて読んでみてください。営利目的ではありません。要求があれば、すぐに削除します。

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第84章 林胡の謡:

 

姜恒は林胡人を診察し続けた。休みなく診続けた結果、大方終わりかけていた。ちょうど一人診終わったところに郎煌がやってきて隣に座った。

「この兄弟は、私には救えない。薬剤が足りないんだ。後は運を天に任せるしかない。」

その患者は1カ月、斥候として山を出た時、巡回していた雍軍の矢を受けた。だが、仲間を巻き込むことを恐れ、無名村に逃げ帰ることができなかった。どこかに20日近く隠れて、ふらふらになって帰ってきたが、その間に傷が悪化した。腹部にも怪我をしており、もう何日も生きられそうになかった。

「気にするな。」郎煌は淡々と言った。「お疲れ様。まずは休んでくれ。」

「でも彼を……それまでの間、少しでも苦痛を軽減させることはできる。」

「君は俺よりもたくさんの死者を見てきた。きっとその方法を知っているだろう。」

姜恒は患者のために薬を配合した。最後の日々の痛みを和らげるためだ。それから彼は振り向いて郎煌を見て、眉を上げた。『何があったの?』

「なんでもない。君の叔父が出て行ったと聞いた。」

「薬剤と食料を買いに行くよう頼んだんだ。薬がもうすぐ終わってしまうから。」

郎煌は頷いた。「君が俺たちを害さないのはわかっている。君の手伝いがいなくなったので代わりに俺が来た。彼を診終ったら少し休んでくれ。来てからずっと休んでいないだろう。もう十日も。」

姜恒は腰を伸ばして考えてみた。郎煌は更に言った。「一時だけでも休んでくれ。」

姜恒は毎日界圭と同じ洞窟に泊まっていた。林胡人は一番いい洞窟を譲り、干し草を敷いて寝床を作り、湿気から彼を守ってくれた。

郎煌は彼を自分の家に連れて行き、火を起こして、しょうが湯を煎じて彼に飲ませた。毎日雨だ。しとしと降り続けている。姜恒は少しうんざりしてきた。気持ちまで黒雲のように暗くなってくる。郎煌はしょうが湯を注ぎ、『飲んで』というしぐさをした。

郎煌が住んでいるのは、山砦を背後にした掘っ立て小屋だ。中には木の柱が祀られていた。木の柱の上には背中に翼のある鹿がある。林胡人のトーテムだろう。

トーテムの下には、3本の短刀があり、木型の人形をそれぞれ一体ずつ打ち付けていた。「あれは何?シャーマン教の法術か何か?」

「中央は汁琮だ。」郎煌は姜恒の目をしかと見つめた。「左が汁瀧、右が汁淼だ。」

兄が巫術釘を打たれているのを見て心中穏やかではなかった。だが彼らが何をしようと、耿曙は元気に生きている。巫術はまだ何も引き起こしてはいないということだ。

ただ……永遠に解けそうもない恨みはいかんともしがたいだろう。姜恒は旅の途中、たくさんの手紙を落雁城に送ったが、この林胡人の件については、どう解決したらいいか皆目見当もつかなかった。姜恒は郎煌に尋ねた。「これからどうするつもり?ここで一生暮らして行くの?」「いいや、もちろん違う。父は死んだ。一族は大勢殺され、残りはすべて捕えられた。俺は彼らを助けに行くつもりだ。」

「でも、雍人がまた来るかも」

「うん。君の言うとおりだ。どこに逃げても、避けきれない。」

姜恒は「うまくやれば、万里の長城を越えて南へ行くことができるかも。」と言った。

「俺は行かない。故郷に留まる。家に留まる。ここは俺たちの場所だ。魚が湖の中でしか生きられないように、東蘭山を離れてどこに行っても、本当に生きているとは言えないだろう。」

「魚は海でも生きることができるよ。」

「同じではない。」郎煌はしょうが湯を一口飲んだ。「我々は海の魚ではない。種類が違う。」郎煌の漢語はちょっとだけつたない。2人の子供が話しているかのようだ。姜恒は彼と目を合わせて、笑いあった。

「君が書いた本か。」郎煌は姜恒の小冊子を持って来ると、興味深げにめくり、姜恒の旅の記録を見た。

「旅の途中で見聞きした風土や人情を書き留めただけ。あなたは字が読めるの?」

「阿姆が生前教えてくれたので読める。俺たちのことをどう書くつもりだ?」

「わからない。」姜恒は迷っていた。林胡人のことをどう書こうか。手紙には何と書こうか。落雁城の朝堂に戻ってから、どうやって彼らのために正義を取り戻そうか。

すべての患者には、家族がいた。生活があった。上には両親、下には妻子がいる、生きている人々だ。彼らには名前があった。刀、楓、飛葉、青石、黒鷹……妻にも名前があった。碧水、初雪……。子供にもそれぞれ名前があった。彼らは祖先からそれぞれの姓を受け継いだ。この土地を受け継いだように。

雍人は騎馬と、冷たく輝く鉄甲、百錬の鋼刀を持って山の外から麓まで追いかけて、刀を振り下ろし、一人殺した。矢を放ち、悲鳴と血が飛び散った。汁琮の天下統一の道の上にいた彼らは一人、また一人、雪の花のように大地の中に消えて行った。あの名前も全て消え失せてしまったのだ。霊山渓谷で泥土の下に埋もれた十万人と同じように。

「君は書くことになるだろう。『烏洛侯煌、某年、某月、某日、一族を救うため、最後の戦士を連れて山陰城を奇襲した。雍人に捕らえられ、車裂刑に処された。完』」

姜恒は長い間沈黙した後、率直に言った。「それはいい方法ではないよ。煌」

「わかっている。」

「他に方法はないの。」

「わからない。」

「もしかしたら、私が六つの城に分けられた林胡人を救う手伝いができるかも。」

「必要ない。ありがとう。君はもう十分よくしてくれた。君は医者で戦士ではない。」

「……最後まで聞いて、煌。その行動は汁琮の怒りに触れる。彼は再び軍隊を率いてあなたたちを討伐しに来る。その時は、全員死ぬだろう。」

姜恒は考え考え続けた。「助け出してから彼らをどこにかくまうの?逃げ場を見つけられなければ南下する以外にどこにも行き場はない。でも出て行けない。林胡を守れなくなるから。十年、二十年たてば、彼らは雍国に融合される。この世から一族の名は消えてしまう。」

そんなことは郎煌が誰よりもよくわかっていた。「だから?」

姜恒はその話を続けず、突然尋ねた。「その人はなんていう名前なの?」

「誰が?」

「さっきの患者。」

「『也答』だ。林胡語で盤石を意味する。」

「彼の家族は?」

「連れていかれた。」

「彼のことを話して。彼にはきっと何か物語があるんじゃないかと思う。」

 

「ある。」郎煌はうなずいた。「彼は立派な猟師だ。仲のいい家庭で育った。牛の骨を集めては、骨彫を作って、子供たちにあげるのが好きだった。17歳の時に結婚して、息子と娘が一人ずついた。妻は有名な紡女で、湖の青に染めた糸で編んだ布は、私たちが夜に見上げる星空のようだった。」

「じゃあ、彼が死んでしまったらどうなる?」郎煌は何も言わなかった。

「『彼の妻、子供は、山陰城、あるいはどこか別の所に閉じ込められています。何月か後、もしくは何年か後、あなたが彼らを助けに行きました。すべての林胡人を救いに行くきますが、力不足でどうすることもできず、死ぬことになりました。雍人は彼らを集めて砂州に連れて行き、あなたが車裂されるのを見せるのでした。』その時になって…」姜恒は続けた。

「彼の妻と子供たちは、也答が既に死んでいたことを知りました。彼女は命令を受けて、雍人と結婚するのでしょうか。彼女は全て忘れてしまうでしょうか。いいえ。彼女は一生忘れません。」

 

「あなたは林胡人のことをよくわかっているようだ。私たちにはこういう歌がある。」

「聞いたことある。『誰が歌うか、悲歓の歌 我に聞かせよ。:誰が守るか、生死の門 我は応えん。』あなたたちは恩には必ず報い、仇には必ず償わせる。だけど負担が重すぎる。林胡人の行く手にはいばらの道があるだけだ。」

「だったらどうすればいいんだ?もっとましな方法でもあるのか?」

「和解だ。屈辱的な和解を耐え忍んで受ける。屈辱を受け入れて汁琮に頭を下げる。」きっと郎煌は出て行けと言うだろう。そう思って姜恒は自分から立ち上がり出て行った。郎煌を説得するつもりではなかった。取るべき道は他にもあることを伝えたかったのだ。

――雍国が塞外にやって来た時から、衝突することは必然だった。遅かれ早かれいつか彼らは再び林胡人の住処を奪い、彼ら全員を追い出すためにまたやって来る。

その選択肢もあることを郎煌に知らせる者はいないだろう。彼の世界にいるのは皆同じ部族の人たちだ。誰もが同じように死ぬまで恨みを抱き続けている。郎煌に和議を提案することなど、思いつく者はいないだろう。

姜恒は次の患者の傍に座り調薬をしながら、林胡人の未来に思いを馳せた。例え郎煌が和解を願い出たとして、汁琮の意思はどうだろうか。汁琮の決定でさえ、完全に彼の思い通りではない。朝廷と公卿たちの意見も聞く必要がある。彼らを説得するのは実際とても難しいだろう。

 

それから2日が過ぎた。姜恒はすべての重傷患者の治療を終えた。できる限りのことをして、すべての命を救った。雨も止み、これからのひと月で、塞北は秋に入り始め、それから5ヶ月の冬に入る。落雁城では今頃もう麦の収穫が始まっているだろう。耿曙はどうしているかな。

 

三日たつ前に界圭が車二台分の物資を積んで帰って来た。

「こんなに早く帰れたの?」姜恒は不思議に思った。彼の計算では往復6、7日はかかるはずだった。界圭はのんきそうに答えた。「あなたがいじめられるんじゃないかと心配で、急いで帰ってきました。」姜恒は車の上にかけられた油布をめくって積荷を見た。林胡人は物資を見ても礼儀を守って近づかない。これは彼らが欲しいものでないこともわかっていた。姜恒は林胡人の領地では敬われる存在となっていた。来たばかりのころとは違う。

 

食料の袋に雍軍の焼き印が押されたものがあった。姜恒は驚いて界圭を見た。

「軍に出くわしたの?」

「ええ。」

 

界圭は御前三品の腰牌を持っていた。東宮武官で、いつでも軍隊を動かすことができ、物資を借りることは日常茶飯事だ。姜恒は界圭の横顔を見た。彼なら追跡されることはないだろう。「こんなことすべきじゃなかった。」

「山陰まで往復六日はかかります。待てなかったでしょう。どうやらご不満のようですね。」

「その通り。」姜恒は頑なに言ったが、界圭に怒りを向けることはせず、洞窟の前に戻り、並んでいた軽症の患者を診察し始めた。

治療を必要としていた重症患者の方は一旦解決した。後はすぐに終わるだろう。待っている間に治ってしまった人も少なくない。五日もあれば全部診終わるだろう。時間がある時に簡単な薬の処方を書き留めて置いた。十分な薬剤と物資を郎煌に渡しておけば、病人が出た時に煎じて飲ませられる。

 

「私に怒っていますね。」界圭は洞窟の中で縮こまり両手を火で温めながら言った。

「そうだよ。こんな風に彼らを危険にさらして。私たちが出て行ったら雍軍はきっとここに来るよ。」「あなたは今の所、中原人で、林胡人ではないし、すぐに雍人になるんですよ。」

「私は雍人でも中原人でもなく、天下人だ。」

界圭はしばらく黙っていた後で言った。「汁琮が知ればこれからの日々、安泰とはいきませんよ。」

落雁城に行く前には、安泰に過ごす準備も、過ごさない準備もしていくつもりだから。」

界圭の過失に怒っているのではない。彼がわかってくれないからだ。未だに汁琮が遂行した林胡人虐殺が当然のことだと思っているなんて。

「あなたには彼らを救うことはできませんよ。彼ら全員を治療したって、ただ自分から死に向かえるようにしてやったというだけです。」

姜恒はこの話はもうしないことにした。

「もう寝よう。明日朝一番でここを出て行こう。明日郎煌に別れを告げて、すぐに逃げるように言う。村の場所がわかったら雍軍は遅かれ早かれやって来るだろう。」

「お好きなように。」

「誰に会ったの?将は誰だった?」

「さあ。よくは聞きませんでしたから。」

姜恒は洞窟の石壁に映る界圭の影の方を向いた。しばらくすると再び雨が降り始めた。雨音は留まることなく続いた。

 

夜半過ぎ、姜恒は突然目を覚ました。「界圭?」

界圭が姜恒の両手を縄で縛り付けていた。「うん?」

姜恒は全身の血が凍り付いた。「界圭!」

洞窟の外で鷹の鳴き声が聞こえてきた。姜恒は完全に目を覚まし。怒号をあげた。

「界圭!いったい何をした?!」

雍軍はわずか2日で無名村にたどり着き、四方の山壁に沿って包囲網を形成し、集落の唯一の出口を塞いでいた。「ここでしばらく待っていて下さいね。」

「私をここから出せ!」姜恒は叫んだ。

「外では戦いが始まっています。言うことを聞くんです。」

 

洞窟の外では、郎煌が叫び声をあげ、林胡人部隊を集結させ、急ぎ迎え撃とうとしていた。彼らには皮甲も軍馬もなく、裸で弓矢を持って抵抗するしかなかった。雍軍は村の外に陣取っている。結果は明らかだ。新たな虐殺が始まったのだ。