非天夜翔 山有木兮 翻訳の練習 75

非天夜翔が好きすぎて自分が読むために200話翻訳しました。万が一同じような趣味のかたが読んでおもしろいと思って下さったら是非原作を正規のルートで手に入れて読んでみてください。営利目的ではありません。要求があれば、すぐに削除します。

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第75章 北へ向かう雁:

 

長い沈黙の後、汁琮は言った。「君が言いたいことは分かる、姜恒。でも、私が何をしたとしても、それは乱世を終わらせ国を統一するためだ。私は、自分は間違っていないと思っている。」

姜恒は笑って言った。「賭けましょうか。王陛下、その時がきたら、あなたは間違いに気づくでしょう。天下を取ることと天下を治めることは、別のことです。」

汁琮の目からそれまでの表情が消え、一瞬、迷いが現れた。『私は本当に間違っているのか?』汁琮が言いたいことが姜恒にはわかった。

「私は君にやってみてほしいとは思っている。」と汁琮は言った。「だがそれは君に雍国を率いる能力があることが前提だ。落雁城に帰ったら、君はまずすべての人を説得し、次に私を説得しなければならない。それができないなら、君の言うことを聞くわけにはいかない。」

「王陛下、理解されたようですね。最後に成功するかどうかにかかわらず、私に口を開かせ、あなたへの説得を許可するのも、最も重要な規則の一つです。」

汁琮は長い間姜恒を見ていた。「君は私に何を持たらしてくれるのか。」

姜恒はため息をついて、「私が尽くせる限り最大限の努力を。」と言った。

これは汁琮からの最初の試験だ。自分が天下の全局を心得ていると分からせねばならない。

 

「雍国は建国百年、五国の中で最も若い国です。若いので、中原四国のような弊害はありませんが、若いからこそ、天下を争うには、まだ力不足です。天下争いに加わるためには、雍王、あなたは徹底的に国内の各民族を統合し、鉄板を形成するが如く、等しく平らかに、すべての国民があなたの南征大業を支持するようにしなければなりません」姜恒は言った。

「それは正に孤王がしてきたことだ。王兄が亡くなる前に制定した百年の策でもある。」

姜恒は言いたかった。『それが本当なら、なぜあなたが刺されたという報せが、雍国境内の3族に反逆の危険をもたらすのでしょうか。』しかし、今は彼が問い返している場合ではない。汁琮は辛抱強く聞いていた。彼が最も関心を持っているのは、関内に入ってから、まず何をし、次に何をするかだ。そして姜恒の策略が、自分の考えと一致しているかどうかだ。

姜恒はしばらく黙ってから慎重に答えた。「第一戦は、玉壁関を取り返すことです。」

汁琮は言った。「うん、当然だ。その後は?」

「玉璧関を出たら、潼関は大量の兵馬を運ぶのに不利です。」

「まず洛陽を取って、嵩県に直行する。これも孤王がやっていることだ。もし君が邪魔をしなかったら、孤王は今すでに成功の第一歩を踏みだしていた。」

「失敗していたはずです。私がいなかったとしても、あなたは失敗していました。あなたは全体的状況を軽視している。鄭、梁二国は洛陽と密接な関係にある。彼らはきっとあなたに干渉しに行きます。あなたの洛陽占領は不安定で、遅かれ早かれ追い出されていたでしょう。」

汁琮は怒ったりせず、逆におもしろいと思った。「君にはもっといい方法があるのか?」

「遠交近攻、合縦連横、それにつきます。もしあなたが中原に足を踏み入れたいなら、あらゆる代価を問わず郢国と同盟すべきです。郢王があなたのために鄭国を牽制すれば、あなたの相手は梁国だけになる。」

汁琮は黙っていた。姜恒が「まず梁を取り、それから鄭を取る。郢国と協議し、長江を境にして、梁南方と鄭を郢国に与える。」と言うと、汁琮は「そうすれば、天下にはあと二か国しか残っていない。」と後を続けた。具体的にどのように取るかを聞かなかった。それらはすべて副次的なことだ。この策は汁琅がいた頃の計画とも一致していた。汁家は昔から野心的で、代々、中原に帰る決心をしていた。

 

「そのとおりです。梁、鄭二国を手に入れれば、天下は南北だけで、あとは五地もない。次は、どのようにして洛陽を取り返すかという難題です。私の見た限りでは、南北帝と称するのは適切ではない。」汁琮の眼光が鋭くなってきた。

姜恒は彼の目を見つめ、「姫家の子孫を探して天子の座を支え、雍王は摂政の職に就くのがいいでしょうが、具体的にどうすべきかは、その時の状況を見て決めなければなりませんね。」と言った。汁琮は評論を避けた。

 

「次に、李家の内乱を扇動します。郢国への宣戦布告を後押ししたり、姻戚や通商などを使って代国を動かすのです。この過程は10年、20年かかるかもしれない。長江以南を蚕食する過程も同様です。嵩県が郢国との前線となるでしょう。雍王だけでなく私の生涯でも、開戦の日を目撃できるかどうか分かりません。」

 

「郢国と開戦できるのはいつごろになりそうだ?」汁琮は言った。

とても応えにくい質問ではあったが、姜恒は何でもなさそうに答えて見せた。

「代国を雍がうまく操ることさえできれば、開戦するのはそう遠くはないでしょう。」

「正確にはいつごろだ?」汁琮は尋ねた。

「雍国全土で納められる石高が、郢国の石高と同じになった時」姜恒は正確な時期というものを与えた。「また同じ言葉を言わねばなりません。危険を冒して郢国を攻め、手に入れたとしても、‘治める’のは長く続かないでしょう。水軍と陸軍両方が必要です。圧倒的な実力がなければ、この戦いは簡単には始められません。」

「いつ達成できる?」汁琮は問い続けた。

「施政を見てみる必要がありますが、早くて十年か二十年、遅くなれば百年かかるでしょうね。あなたの王都で反乱が起こらないことが前提です。」

 

「孤王には自信がある。玉璧関を奪還すれば、疾風が落ち葉を掃くように神州の大地を席巻できるはずだ。」と汁琮は言った。

「それは私も信じています。」と姜恒は眉を上げた。「しかし、そのような方法で神州を手に入れても、人心は得られない。あなたの王朝は長続きできません。2代後には反乱が起こり、天下はまた分裂し大乱世に戻るでしょう。」

 

汁琮は答えず、黙して語らなかった。姜恒の話は、父の代に管魏が大枠を決めた将来の天下取りを立案化したものだ。この棋局に沿って一歩一歩進めば、多少の変化があるとしても、未来は大体予見できる。

父は生前、彼に最も欠けているのは忍耐力だとよく言っていた。汁琮は確かに忍耐強くない。こんなに長い計画を立てて、自分の息子にまで残しておくなんて、誰が受け入れることができるだろうか。天下を統べる壮大な偉業を、彼は自分の手で成し遂げたいのだ。しかし、姜恒の言うことは、雍国の長年の野心を補足したものだ。

 

あの年、天下には英傑が揃っていた。梁の重聞、鄭の子閭、代の公子勝、郢の長陵君……。いずれも天下を狙える逸材だった。特に不世出の軍神と呼ばれた重聞は、汁琮の強敵だった。耿淵に暗殺されるとは誰が考えただろうか。今や、四か国は英傑を欠く。『琴鳴天下』の賜物だ。苦節百年、雍国はようやく堂々と中原の戦いに参加できるようになった。

ただ、彼に残された時間はもうあまりない。汁琮はすでに不惑の年(四十歳)だ。生きている内に天下統一を実現するには、恨みも苦労も引き受け、自らこの戦車を牽引し、前進しなければならない。

 

「息子にも君の考えを聞かせなければ。」汁琮は最後に言った。その時耿曙がいつの間にか姜恒のそばに来たことを発見した。姜恒の方は考えすぎて、まだ耿曙に気づかなかった。「まあ、そのうち機会があろう。その時にだな。」汁琮は言った。

姜恒は、自分が今第一関門を超えたのだと思った。

 

「明日、師門に帰って、取って来たいものがあるのです。」と姜恒は言った。「兄を連れて行かなければなりません。でも約束した以上、必ず落雁に行きます。決して約束は破りません。」

「それは心配していない。界圭を連れて行け。君たち二人の立場はまだ危険だ。」

姜恒は笑った。「いいえ。兄が私を守ってくれますから。」

「それもそうだ。」汁琮も笑った。「李宏さえ彼の剣に屈し、鐘山の一戦で名をあげたからな。君が異なる答えをくれることを期待している。姜恒」

姜恒は立ち上がった。「この、父の琴をいただけるのですか。」

「勿論だ。」と汁琮は言った。「私は潯東に人をやって、君たちが育った家を修理させた。焼け焦げた廃墟の中でそれを見つけた。もともとは汁淼のために持って来た。彼が今日この琴を見て、私の気持ちを察してくれればと思う。」

 

「どれだけ多くの思いがこの琴に込められているのでしょうね。行ってしまった人への思いと比べて。」汁琮は立ち上がった。姜恒は琴を抱いて、一礼した。16年前に耿淵が汁琮に別れを告げ、月夜の清風の中去って行ったあの夜と同じように。

 

 

――――

春がやってきた。春の暖かさに花が開き出したある日の滄山海閣。

耿曙を伴い姜恒が麓の楓林村に戻って来た。その日は山いっぱいに桃の花が咲き誇っていた。しかし姜恒は焼失した廃墟の中に立ち、羅宣が言ったことが本当だったと知った。

--鬼先生と松華は本当に言ってしまった。きれいさっぱり燃やして、痕跡さえ残さない。

 

耿曙は「これがお前の師門か。」と言った。

「これが私の師門だよ。」と姜恒はつぶやいた。

海閣はその夜、完全に姿を消した。焼け落ちた瓦が残った廃墟には、緑豊かな新しい草木が無数に生えていた。四神壁画の内、三神は崩れてしまったが、北方の玄武だけは大殿の最奥部に山を背にしてそびえ立ち、天地の照壁のようだった。

「思いもよらなかった。鬼先生が……何も残さなかったなんて。」

だがすぐに考えを変え、悲し気に笑った。「それもまたよし、か。」

「彼はお前を師門に置いた。」と耿曙は言った。「お前は彼の最後の弟子だ。」

「うん」姜恒は自らに託された責務を想った。海閣が関与し、中原の世界に影響を与えるのはこれが最後なのだろう。つまり成功しても、失敗しても、海を越えて行った鬼先生が弟子を派遣することはもうないのかもしれない。

 

「さてと、」姜恒は言った。「項州はあそこ。骨灰を収めた塔が見える。」

姜恒は少し意外だった。羅宣は項州の骨を持って行かなかった。彼はいつかまた戻ってくるつもりなのだろうか。耿曙は項州に手を合わせた。「ハンアル、俺の骨は?」

姜恒は言った。「あれはあなたではなかったけど、長海に撒いた。最初のころはずっと泣いていたっけ。」

耿曙は「いつか俺たちが死んだら、やはりここに埋葬してもらおう。」と言った。姜恒はうなずいた。そして、耿曙と手をつないで、山を下りて行った。

竹いかだが長海のほとりに止まっていた。耿曙が竿を持った。竹いかだは岸辺に少しさざ波を立てて、湖面の中央に向かった。

 

「この辺だよ。」姜恒が言った。

「覚えているのか?目印は?」耿曙が尋ねた。

姜恒は「神州大地の気運と玄武神君の力を信じてみよう。潜ってみて。線香一本燃え尽きるまでがんばって。」と笑った。耿曙は上着を脱いで上半身裸になった。水音をたてて、彼は湖の底に向かって飛び込んだ。姜恒はドキドキして湖畔で待っていた。間もなく、耿曙は水面に出て、息をすると、再び潜った。

 

三回目に耿曙が頭を出した時、姜恒は「もういい、兄さん!探さないで!」と言った。

しかし、耿曙はまた潜って行った。姜恒は少し考えると、外衣を脱いで湖に潜った。

春の日の光が冷たい湖水に差し込み、湖底は静謐な世界のようだった。光が砂を照らすと、砂の上に藻苔の生えた死骸が見えた。どのくらいここで眠っていたのだろうか。

10年?20年?30年?誰が知れよう。見渡す限りの長海の湖底は、巨大で静まり返った戦場のようで、頭上の水面に太陽の光だけが輝いている。

 

姜恒はゆっくりと耿曙に近づいた。耿曙は振り返って見ると、近寄った。

姜恒は手を振ったが、耿曙は有無を言わせず、口の中の息を彼にあげ、彼の手を引くと、まるで遊魚のように、湖の中央に滑った。

姜恒が手ぶりをすると、耿曙は首を横に振って、前方を指した。

玉玦が耿曙の胸の前で舞い上がり、深い湖の中に漂って、水面から落ちてきた日光を屈折して、その光は近くに射した。広大な埋骨戦場の中央に、一筋の光がはるかにきらめいた。呼応しているかのようだ。無数の骨骸の中央、湖底の砂の中に、黒い剣が刺さっている。剣の柄には、小さな包みがつながれていた。耿曙と姜恒は、黒剣を抜いた。湖底は土砂を巻き上げ、渦を形成して、周りの骨を巻き込んだ。

 

湖面に出た耿曙は水を吐くと、まず姜恒をいかだに乗せ、それから黒剣と金璽を投げると、いかだに登った。二人は一糸まとわずに脱ぎ、筏の上に服を広げて乾かした。春の日差しが彼らの体を照らすのに任せた。

「春が来たね」姜恒は周りを見回した。日差しに照らされて少し目が開けられなかった。「うん」耿曙は言った。「春が来た。ほら、雁が飛んで帰って行く。」

南で冬を越した雁隊が山々を越えていた。郢国を去り険しい山並みを越え北へ飛んでいく。

ーーー

姜恒と耿曙は馬を走らせ、雁が北へ向かう道に従って、滄山を離れた。玉衡を過ぎ、梁地を経て、玉璧関を出た。茫漠とした草海を渡って、野生馬の群れに合流し、北方の黒い塞外の城に向かった。

横江砂州では、雁の群れが水を飲み、巨挙山の雪が太陽の下で金色に光っている。

「群雁棲落の地。」姜恒はこの雄大な巨大都市に思わず感服した。

「家に帰って来た。」耿曙は言った。「俺たちが一緒にいるところが家だ。お前はここが気に入るだろう、ハンアル。」

城門の高みでは、晋天子が汁氏王族に与えた古時計が轟音を響かせて知らせていた。

今夕、王子が帰国した、と。

     鴻雁于飛 粛粛其羽 之子于征 劬労于野(詩経 鴻雁)

 

     渡り鳥が飛んで行く 其の羽の音を響かせて 

     息子は戦地に赴いて 苦労の末に野に散った

 

姜恒は二人の若い男性の姿を見たような気がした。1人は王服を着て立っていた。

もう一人は眉間に黒い布をつけて城壁の高所に座して、古曲、雁落平沙を弾いていた。

「ついに帰ってきたな。」王服を着た英霊は、口元に笑みを浮かべていた。

 

――巻三・雁落平砂・完――