非天夜翔 山有木兮 翻訳の練習 74

非天夜翔が好きすぎて自分が読むために200話翻訳しました。万が一同じような趣味のかたが読んでおもしろいと思って下さったら是非原作を正規のルートで手に入れて読んでみてください。営利目的ではありません。要求があれば、すぐに削除します。

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第74章 月夜の琴:

 

汁琮にはようやく姫霜と太子霊が姜恒を奪いあう理由がわかった。手に入らない場合、双方考えることはただ一つ、殺すべし。敵の手に渡すことはできない。

汁琮は言った。「姜恒、知っているか?今までずっと孤王にそんなことを言った人はいなかった。国君を補佐し、この混乱した神州大地を統一する……今の世の中、そんな話をする人は、実に少ない。」

姜恒はため息をついた。「それは雍王のせいです。本当の治国の才は全くない。これはあなたが反省しなければならない問題です。関内の人が、すべてを置いてでも雍国に来て、あなたのために力を尽くしたいと思わないのはなぜかわかりますか。」

汁琮は言葉が出て来なかった。それは雍国が直面している最も差し迫った問題の一つである。

--汁琅が死んでからもう何年も、雍国は大金をばらまいて賢者を求めている。それこそ喉が渇いて水を求めるようにだ。だが、中原の策士は玉璧関以南をさまよい歩くが、塞外に出て、汁家雍国のために策を弄する人は極めて少ない。いるとすれば亡命の徒にすぎない。

「何でなんだ?」耿曙は尋ねた。

耿曙も管魏の愚痴を聞いたことがある。だが、そういうことについて、姜恒と議論することは殆どなかった。姜恒が武術の技や行軍についてあまり聞くことがないのと同じだ。兄弟はそれぞれに長所があることに慣れていた。知らないことにぶつかったときは決して相手にむやみに考えを言わず、計画通りにやればいい。

 

それは汁琮も聞きたかったことだ。だが姜恒の答えはこうだ。「時間はいくらでもある。落雁についたら、またゆっくり話そうよ。」耿曙は複雑な表情で姜恒を見て、最後に頷いた。

汁琮は言った。「よし。帰ってからにしよう。だが姜恒、策士という身分で我が雍国に行くということは汁淼とは同等の立場にはならない。それはわかっていてほしい。」

「もちろんです。」姜恒には汁琮の言いたいことがわかった。耿曙は汁琮を義父としており、身分は王子だ。彼らをつなぐのは家族の情であり、何をするにせよ、王子の身分がある限り、汁琮は臣下への規則を彼に要求することはない。

だが、姜恒は一国の策士という身分で汁琮の身辺に侍る。相応の実力を見せなければならないが、雍国朝野の承認を得さえすれば、重臣ということになるだろう。王家の待遇とは全く異なる。雍国は文臣を非常に尊重する。管魏は左相だが、その発言権は王家の上にあり、汁琮の意見も却下できるのだ。

 

 

―――

夜になった。耿曙と姜恒は月に照らされた兵営を歩いていた。耿曙は突然何も言わず、姜恒を抱き上げた。「うわあ!兄さん!放して!」姜恒は笑いながら叫んだ。

耿曙は姜恒を抱き上げたまま、乾草の山に上がっていき、二人はそのまま一緒に転がった。「もう、ふざけないでよ……」

耿曙は喘いでいた。目の縁が赤い。彼は頭を姜恒の肩の上に埋めた。姜恒は静かに草の山の上に横たわり、空の果ての月を眺めていた。耿曙はまだ小さく喘ぎ声をあげていた。

「よく考えたって言ったでしょう。」姜恒は笑いながら言った。「選んだのは、あなたと一緒に家に帰ること。」

耿曙は姜恒を少しだけ放した。体を上に押しつけ、その目を見ながら、真剣に言った。

「ハンアル、俺もよく考えたと言っただろう。お前がいる場所が家だって。」

 

「でもね、この世に生きていれば、どこにいたってそう変わらないんじゃないかな。母さんがいなくなってから、私にもだんだん分かってきた。何かに執着することなんてないんだ。こうすればあなたは幸せになるし、雍国も安心する。私たち二人は東へ西へと逃げ回らなくていい。それに他のどの国に身を投じても、あなたにはかつての父や弟と戦う日が来る。そんなこと私には耐えられない。」

「だけどお前が不幸になる。お前が最初から雍国をよく思っていなかったのを俺は知っているぞ。」

姜恒は答えた。「努力してみるよ。お試しだと思ってね。」

耿曙は姜恒の精緻な顔立ち、明るい瞳、秀でた目鼻立ちと温潤な唇を推し量るように見た。首にかけた玉玦が滑り落ち、姜恒の胸にのった。姜恒はそれを手に取って一目見てから耿曙に視線を移して笑った。「それにさ、うまくいくとはかぎらない。最後に失敗するかもしれないけど、かまうものかって思わない?」

姜恒は耿曙に言わなかったが、心変わりのきっかけは嵩県で耿曙が我を忘れて言ったあの言葉だった。

『いいよ!いい!俺は帰らない!汁琮を殺したっていい!いいんだ!お前のためならなんだってする!行かないでくれ!行かないで!』

 

あの日以降、姜恒ははっきりと意識するようになった。あれは動転したうえでの言葉ではあったが、もし自分が彼を追い詰めたら、彼は本当にやるだろう。最後に汁琮の前で死ぬことになったとしても恨み言も言わないだろう。

耿曙が自分のためにそこまでできるなら、自分が耿曙のために計画を変えるのは難しいことだろうか。どの国の国君を補佐しても、最終的には汁琮と戦うことになる。耿曙が言ったことは決して誇張ではない。その局面はいつか来るのだ。

そこまで譲れる相手に対して、自分が何も譲れないということがあろうか?

「兄さん、あなたは私がいるところが家だと言ってくれた。私にとってもそれは同じだよ。私は大丈夫。」耿曙は再び姜恒をきつく抱きしめた。

 

その夜、耿曙の気持ちの高ぶりは明らかだった。本当は何度も雍都に帰りたいと思っていた。雍都はこの4年の間に彼の家となっていたのだ。彼は決して姜恒を失いたくなかったが、だからといって、家を捨てることが苦痛でなかったはずはない。しかし、今では姜恒がすべてを受け入れてくれ、彼の人生はついに完全に満たされた。

それは彼がかつて想像していた中で、最も素晴らしい未来だった。彼は外で兵を率いて戦い、姜恒は後方で彼のために知恵を絞る。彼らは夢に見たような生活を送るだろう。それは潯東を離れた後、耿曙が抱いた唯一の目標だった。

 

「もう寝た?」姜恒は小声で言った。

耿曙は眠っていたが、姜恒はまだ眠れなかった。自分の選択が正しかったのか間違いだったのかわからなかった。ただ間違っていた場合に備える必要があることだけはわかっていた。『汁琮は私の想像とは違うのかもしれない。私は雍を変えることができるだろうか。持てる力全てを使って。』

 

彼はそうっと起き上がり、耿曙をまたぐと、帳外に出て行った。ふと、小さな発見をした。かつてどこにいても、耿曙は寝ている間非常に警戒していた。片手で姜恒を抱いて放さず、眠っている時も彼の単衣の襟を引っ張っていて、少しでも動くと、目覚めてしまった。しかし、雍国の兵営では、そんな警戒心が消えていた。安全な場所に戻ったと思っていることの表れだ。選択は正しかったんだね。二人で家に帰ってきたのだ。自分はこの家について、まだあまり詳しくはないけれど。

 

彼は月明かりの下、兵営に出てきた。汁琮が兵舎の間の空き地に座り、膝の上に琴を置いていた。汁琮は足音を聞いたが顔を向けもせず、「眠れないのか?」と尋ねた。

「王陛下は琴を弾かれるのですか?」姜恒は尋ねた。

「いいや。」汁琮は答えた。「兄は生前上手に弾いた。汁淼が言っていたが、子供のころ一緒によく弾いたそうだな。彼自身は王宮に来てから弾いたことがなかったが。」

姜恒が近くに座ると汁琮が言った。「あの日、玉壁関で君が奏でた越人歌を聞いて色々なことを思い出したよ。」

月の光の下、汁琮は姜恒を眺めた。その眼差しには深い意味がありそうだったが、姜恒にはまだ見抜けない。ただ汁琮にはいつも言いたいことがあり、しかもいつも何か悔やんでいるように思えた。

姜恒は言った。「もう一度聞きたいですか? 弾いて差し上げましょうか。」

汁琮が琴を渡してきたので姜恒は爪弾き始めた。腕前は少しさびてきていたが、琴は古風な音色を帯びて響いた。曲が終わった後、二人はしばし黙っていた。

 

汁琮が口を開いた。「恒児、おそらく君は拒否するだろうが、これだけは聞いておきたい。」

「はい。」

「君は私の息子になりたいか?」

「いいえ。」やはり姜恒は断った。「前の世代のしがらみは私の身を以て終わらせたいので。」

汁琮は納得したように笑い頷いた。「確かにそうだな。」

姜恒は続けた。「あなたには申し上げますが、王陛下、私は父に会ったことがないのです。私の人生には父のような存在はなく、いるのは兄だけです。私は兄とは違って、父がいる生活を知りません。ですが、母には良くしてもらいました。私は元々父を知らずに育ったので、父に関しては借りもなければ償いの必要もないのです。」

 

「雍人にはこんなことわざがある。『多年父子、兄弟の情』。汁瀧(ジュウロン)の母は早世した。私はまず瀧児(ロンアル)を育て、その後汁淼を育てた。なぜかわからないが、ずっと感じていることがある。君たちが自分の息子で、体には自分とつながった血がながれているようだと。」

姜恒は言った。「確か、耿氏はずっと前の代には汁氏と親戚だったとか。」

「その通り。耿家は我が汁雍の祖先と一緒にはるばる塞外から渡って来た中原人だ。」

汁琮はふと気づいた。二人の息子たちの時とは違い、自分は姜恒と話している時、かつての耿淵と話しているような気分になる。苗字は違うが、姜恒は正式な耿淵の嫡男で、耿家の家長という身分なのだ。

 

「聞かせてくれないか?姜恒、君はなぜ私を殺したい?」

「あなたは死ぬべきですから。」姜恒は口元に笑みを浮かべ、琴の弦をつまびきながら、汁琮を見て、説明を始めた。「天下五か国のなかで、あなただけが規則を守らない。ご自分の地盤ではもちろんのこと、他人の地盤においてもです。あなたは傲慢で支配的でいることに慣れていて、いつも我が道を行くのみです。あなたを殺すことで初めて皆が棋子を進めることができるのです。」

「規則を守らない者は死ぬしかないのか?私にわかるのは自分が勝っているということだけだ。」

 

「規則を守らないから、死ぬべきなのではありません。死ぬべき理由は、あなたの雍国が規則を守らなくていいほど強くなってはいないからです。私があなたを殺さなくても、いつかあなたは天下争いの対局から排除されるでしょう。早く手を引けば、多くの人の命が救われるのに、なぜそうしないのです?」姜恒は真剣に言った。

「つまり君が来たのは規則を守らせるためか?」

「いいえ、違います、王陛下。私が来たのはあなたに規則について説明するためです。今に至るまで、規則とは一体何なのか、あなたにははっきりわかっていません。それが最大の問題なのです。」

「敵を負かして王となる。大争の世とはそういうものだ。兄が早々に他界したことだけは悔やまれるが。」

「間違っています。」姜恒は遠慮がない。「ほらね?」姜恒は手を挙げて、汁琮に苦笑いして見せた。

「百戦して勝つのは非善の善、戦わずして勝つのが善の善なり。第一の規則は、できるだけ多くの人を生き残らせることです。どうしても人を殺さずにいられないのなら、まずは人を殺すのはよくないと知るべきです。あなたの友人であろうと、あなたの敵であろうと。そういう規則はたくさんある。あなたが天子になりたいなら、規則をよく学びなおし、すべての人を盤に引き戻して、勝負をするのです。」