非天夜翔が好きすぎて自分が読むために200話翻訳しました。万が一同じような趣味のかたが読んでおもしろいと思って下さったら是非原作を正規のルートで手に入れて読んでみてください。営利目的ではありません。要求があれば、すぐに削除します。
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第72章 飛矢の雨:
その頃、殿内では、姬霜が耿曙に語りかけていた。
「殿下。」
「何か話があるなら今すませてくれ。今度会うのはいつになるかわからない。」
「言いたいことは一つだけです。」
耿曙は眉をあげ、『言ってくれ』と示した。
姬霜はつぶやいた。「私は代国人です。」
「だから?」
「それと姫家は皆狂っているので、いつか私はあなたを殺してしまうかもしれません。」
「ハンアルは俺にあなたを殺させはしない。それに、あなたは姫家の人間だ。西川に来たのは姫珣陛下への恩返しのためでもある。」
姫霜は頷いた。「ですから、あなたを殺してしまう時がきたら、これは必然だったのだと思って下さいね。」
耿曙もうなずいた。「そうか、必然か。話は終わったか?」
姬霜は顔を背けない。耿曙は振り返って外に向かい叫んだ。「ハンアル!」
姜恒はまだ上の空だった。「何を見ているんだ。」耿曙が尋ねた。
姜恒は力なく首を振った。耿曙は手を伸ばして彼を引き寄せ、眉をひそめた。
「目が赤いぞ。どうした?」
「日差しがまぶしくて。」
「行くぞ。お前に諮られて全て失った李宏に別れを告げて決着をつけよう。」
姫霜は涙を拭きながら二人を見た。「入らない方がいいですわ。」
その時、殿内奥深くから、何か重いものがどすんと落ちる音がした。
瞬間、姜恒と耿曙は同時に色を失った。しまった!まさか李謐が父親を殺したのか?!二人は走って行った。殿内に入った姜恒は背筋が寒くなった。はめられた……自分と耿曙は、味方の罠にはまってしまったのだ!
李宏が離宮にある国君の座にいた。手かせも足かせもはずされ、死んだ息子の手を握っていた。李謐は目を丸くしていた。首筋は絞められて変形している。父親に絞め殺された最後の瞬間まで意識があったのは明らかだった。
李宏は狂人の笑いを上げていた。「霜児(シャオアル)か?霜児?どこにいるんだ?入って来い。父さんに顔を見せろ!」
その時、一本の矢が飛んできて、李宏の肩を射抜き、彼を壁に釘づけにした。
「シャオア——ル!」李宏が咆哮した。離宮殿の天井全体が震動し塵が舞った。
姜恒は振りかえった。姫霜が弓矢を収め、ひらりと身を翻して、離宮から逃げ出して行った。耿曙は即断した。「行くぞ!手遅れになる!」
大きな音をたてて、耿曙は窓を突き破った。矢が雨のように降って来た。校場の四方八方から2人に向かって放たれている。姫霜は離宮の高い城壁の上に立って、自ら指揮をしていた。「離宮を封鎖しなさい!彼らは王兄と父王を殺した!すぐに離宮の門を封鎖しなさい!」
「霜公主!」姜恒は怒りの声をあげた。「あなたが諮ったのですか?」
姫霜は答えた。「あなたたちには機会を与えたはずです。」
続いて、汀丘離宮の外から太鼓の音が聞こえ、代国軍が現れた。李霄が自ら軍を率いて離宮全体を包囲した。耿曙は空を見上げた。海東青がまっすぐな矢のように、西北の角を指して飛んだ。「西北に向かうぞ。そこは守りが薄い!」
離宮の門が開いた。四方八方、代軍ばかり、正に千軍万馬だ。耿曙は長剣1本で姜恒を守りながら離宮の西北門に向かって突進した!
「馬を奪って!」姜恒は叫んだ。
「そのつもりだが、」耿曙が叫んだ。「敵が多すぎる!」
耿曙は両手で剣を持ち、姜恒の前に立ちはだかり、剣で目の前の騎兵を叩き落とした。姜恒は馬の手綱をつかみ、振り返って、耿曙を引っぱりあげ、矢の雨の中、宮壁に突き進んだ。姫霜は東南に立って、離宮越しに、冷ややかにその様子を見ていた。
李霄の軍隊はすでに離宮の外に集結していた。城防軍は李靳を見つけることができず、姫霜の命令に従うしかなかった。姫霜は冬の日差しの下、烈光剣を抜くと、空に指し向けた。離宮の内外、5千人近くが一斉に矢に弦を張り、城壁の高所にいる姜恒と耿曙に向けた。
「ハンアル、逃げられないかもしれないぞ。」
姜恒は馬の手綱を握って、「大丈夫。こういうのも楽しいよ。」と言った。
姫霜は明るく声をかけた。「汁淼、言った通りよ。これでわかったかしら。」
姜恒:「霜殿下、この布陣、ずいぶん考えましたね。でも私たち二人を殺すためだけに、こんなにたくさん呼ぶ必要がありましたか?」
李霄が現れた瞬間姜恒にはわかった。すべては姫霜の計略だったのだ。彼女はまず嵩県に手紙を送り、婚約者の耿曙を呼び寄せた。彼を利用して太子李謐を救出し、次に李謐を利用して皇帝を簒奪し、代王を排除した。最後に父子共食いの罠を敷いて、李謐を排除した。
太子は死んだ。あっという間のできごとだった。姫霜は李謐を排除しただけでなく、同時に李宏も始末した。残る三兄弟の誰かが王位を継承するには姫霜に頼らなければならない。城防軍守将の李靳は姫霜の味方だからだ。
姫霜は真剣に答えた。「用心に越したことはありませんもの。こうしましょう、汁淼。助けてくれた恩に報いるために、あなた方には先に逃げてもらって、三つ数えてから矢を射らせましょう。」
姜恒がささやいた。「この距離で、彼女を人質に取ることができる?」
耿曙はしばらくためらって目を細めた。姜恒は「私を向こうに送ってくれたら、私がやる。彼女の周りには守衛が少ないから、かえって安全だよ。」と言った。
しかし、次の瞬間、姜恒は勝ったと思った。
李靳が現れたのだ。羅宣が戻ってきて、姫霜のそばに来たということだ。
「いったいどこに行っていたの?」姫霜はいらいらした声で言った。
李靳はのんびりと手袋を外した。「城壁の下で小便をしてきた。そんなことまで言わなきゃダメなのか?」
姫霜:「……」
姜恒は朗らかに声をかけた。「数えなくてもいいよ!矢を放って、公主。人はどうせ死ぬんだ。早く死んでも遅く死んでも同じだ!」
耿曙:「ハンアル?」
李靳が姫霜の襟元に手を伸ばそうとした時、遠くから角笛の音が聞こえてきた。
「ウーウウー」角笛は一長二短だ。耿曙がはっと振り向いた!
一万の黒騎兵が雲のごとく、もくもくと湧いて出て来た。山を揺がし地を動かすがごとく、雍国軍が現れた。先頭の雍国王旗が、冬の寒風の中、はためいていた!
代国軍五千は慌てふためいた。
静まりかえった黒騎兵が、離宮の外に戦陣を形成し、突撃の構えをしている。
将軍が馬を御し陣の前に出てきた。「吾王の命を受けて、我が国の王子を迎えに参った!」
耿曙:「お前は本当に雍軍に手紙を送ったのか?」姜恒は笑った。この瞬間、危機はすべて解消された。「うん、言ったでしょ。あなたを連れ戻しに来てもらうって。」
姜恒は昨夜、界圭に手紙を渡した。代国の乱が終われば、雍軍は必ず反応するだろうと推測したのだ。案の定、界圭は大急ぎで夜通し走り雍国駐留軍に知らせに行った。耿曙を連れ戻すためだ。それが、ようやく今着いたのだった。
兵を率いるのは姜恒も耿曙もよく知る、曾宇、その人だった。
曾宇は言った。「霜公主、何をなさっているのです?我ら二か国は婚約を交わす間柄。このような大事を起こすとは何故ですか?」姫霜はしばらく言葉が出なかった。「李靳、開戦し、離宮を守れますか?李靳?」
姫霜が振り向くと、李靳はまた消えていた。「どこに行ったのよ?!」
耿曙はささやいた。「行こうか?」
姜恒は「曾宇を突撃させて。汀丘を破り、李霄と姫霜を捕まえるんだ!」
耿曙は声を低めた。「曾宇は命令を聞け!」
離宮の外では兵が剣を抜き怒号が響いて、雰囲気は頂点に達していた。姫霜は叫んだ。
「失せよ!汁淼!失せなさい!」
「恩を仇で返して、失せろとだけ叫ぶのか。突撃準備!」
この時、姜恒はついに雍国が「天下の鋭」と言われる圧倒的な軍隊の実力を知った。「命令を聞け」の一言で離宮を囲んでいた一万の兵が天の色を変え地を揺るがせて動き出したのだ。姫霜は計略の裏をかかれたことに気づいた。自分はこれに対処しなければならないのか。形勢は逆転した。彼女は一瞬言葉を失った。
しかしその時、遠くから再び角笛が響いてきた。今度は南西からだ。
軍隊がやって来た。いずれも騎兵で、先頭の武将は銀兜をかぶっていた。兜をぬぐと精悍な面容が現れた。「霜公主、遅れて申し訳ない。大丈夫ですか。」
「龍将軍?!」姜恒はこの人を知っていた。龍于だ。
「龍将軍!」李霄も急いで呼んだ。姫霜もようやく息をつけた。
姜恒は考えてみた。そういうことだったのか。鄭国商隊と姫霜の密会、第二王子の李霄の母は鄭人であること、李謐と雍国との連盟破綻、鄭、代二国の密約……すべては太子霊の差し金だったのだ。
「姜先生、」龍于が声をかけた。「お久しぶりです。太子殿下はあなたと耿先生を是非済州にお招きしたいと言っています。これまでのことは一切追求しないとのことです。」
曾宇も言う。「殿下!陛下はあなたにすぐ落雁城に戻るようにと言っておられます。あなたが戻られるなら、これまでの色々と、姜公子のことは不問にすることも承諾されています。」
耿曙はどうしたらいいかわからない。
姫霜は策略を張り巡らせたのに、最後の一手に及ばなかった。ただ悔しい思いで長いため息をつくほかなかった。
姜恒は静かに耿曙を見つめ真剣な表情で言った。「兄さん」耿曙は姜恒の手を握った。
「ハンアル、お前は……」
「兄さん、言うことを聞いて。あなたは雍都へ帰り、私は済州に行く、もうそれしかない。」
耿曙は驚きに目を見開いた。手が震え出し、怒号を上げた。「だめだ!ハンアル、絶対に、絶対にだめだ。どうしても行けと言うなら俺を殺してくれ!」
「冗談だよ!」姜恒は笑い出した。「行こう!」
耿曙「……」
姜恒は耿曙の腰に手をかけ、早足で城壁を飛び出し、雍軍の方向に向かって飛んでいった。耿曙は怒った。「まただましたな!」
耿曙は姜恒を逆手で抱いた。背後から天地を覆うように矢が飛んできたが、彼ら2人をどうすることもできなかった。耿曙は早足で城壁の上を走った。その姿は世の武芸の頂点を極めたものだ。オオタカが水を掠めるがごとく、雷が夜を渡るがごとく。あっという間に10丈近くの汀丘の宮壁を滑り、地に降りた。そして身を翻し、突進してきた馬に飛び乗ると、手綱をつかみ、姜恒を連れて馬を走らせた。
耿曙は離宮に向かって叫んだ。
「青山つらなり、緑水たゆたう!婚約解消、また会う日まで。」
王旗がひるがえり、雍軍の鉄騎は太鼓のように地に轟いた。
何万もの兵が包囲網を形成していた。耿曙がいつ馬の首を回して逃げるかと恐れているかのようだ。耿曙は姜恒に言った。「大勢いるが、怖がらなくても大丈夫だからな。」
「怖がる?」姜恒は不思議そうに尋ねた。「どうして怖がるの?」
「すべて俺が連れていた兵だ。代国軍が李宏に手を出す勇気がないように、雍軍も俺に手を出しはしない。お前がどこかに行きたいなら、いつでも行けるから。」と説明した。
姜恒は笑顔で言った。「どこへ行くっていうの?あなたの弟に会いに行こうよ。もともとそのつもりだった。」
「お前……本当にそうするつもりか?」
「そうだよ。」
耿曙は急に不安になった。姜恒が会いたいというなら、会わせるしかない。だが雍軍大隊で、姜恒が嫌な目に合わないようにしなければ。
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青山不改、緑水長流、後会有機、というのは時代劇での決まり文句らしい。意味よりリズム優先にした。