非天夜翔 山有木兮 翻訳の練習 35

非天夜翔が好きすぎて自分が読むために200話翻訳しました。万が一同じような趣味のかたが読んでおもしろいと思って下さったら是非原作を正規のルートで手に入れて読んでみてください。営利目的ではありません。要求があれば、すぐに削除します。

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第35章 海東青:

 

鷹が鳴きながら空を飛んでいた。

耿曙は頭を上げ、遠くの空を見た。黒い点が白い雲の下を旋回していた。

地平線から馬が走って来て、なじみのある声が遠くから叫んだ。「兄さん!」

耿曙は馬鞭で遠く声のする方を指し、眉をひそめた。「止まれ!」

探鷹が耿曙に向かって飛んできて、彼の護肩にとまった。太子瀧(ロン)は馬の速度を緩めて、「終わったんですね?」と笑顔を見せた。

 

「誰がお前を来させたんだ?」耿曙が不機嫌そうに言った。

太子瀧は笑顔で馬を御し、ゆっくりと耿曙に近づいてきた。耿曙は鞭を振り上げ、打つふりをした。太子瀧はそれをよけると大笑いし、耿曙に向かって言った。「大丈夫、伯母上が私を遣わしたんです。昨日宮中に手紙が届いて、林胡人がみんなあなたに降伏したと聞きました。」

耿曙は背を向け、太子瀧を相手にせず、馬を駆って去った。太子瀧は急いで耿曙の後ろについてきた。「父王は、事後処理のことは気にするな、誰かにやらせるから、できるだけ早く王宮に帰るようにと言いました。」

 

耿曙は何も答えなかった。太子瀧は追いつき、彼と肩を並べた。「朝廷の大臣たちがついに玉璧関入りを承諾したんですよ。兄さん、力を貸して下さいね。先鋒を務められるのはあなただけなのですから。」耿曙は遠くを望んだ。山の斜面には、林胡人が代々祀ってきた石塔がある。

「食糧、軍備、すべて間に合うように手配しないと。冬に入る前に彼らを倒さなければ…」

耿曙は「競争しよう。ここから塔の前まで、今からだ。開始!」と言った。

太子瀧は準備が間に合わなかった。耿曙が突然試合を申し込むとは思ってもみなかった。

耿曙は穏やかに両足で馬腹を挟むと、さっと飛び出した。

「4年間たったんだ。南方人は俺に会ってもわからないさ。」その声は、そのまま風の中に消えた。

 

太子瀧が「ずるい!」と叫んだ。

彼は全力を尽くし、息を切らして馬に山の斜面を下らせた。耿曙は速度を落として、

小さな山の斜面を何回も回ってから、まだ手を上げる余裕があり、彼に3本の指を見せた。「お前が来るのを待っている間に塔の下を3周できたぞ。」という意味だ。

太子瀧は最後の力をふりしぼって、石塔の前に駆け込んだ。耿曙はゆっくりと戻ってきた。

太子瀧はゼーゼーと息を切らした。どうせまた馬で追いかけても疲れるだけだ。馬を降りて、石塔の前の草地に寝そべり、空を見上げた。耿曙も地面に座って、山の斜面の下方、遠くに点在する林胡人の村を見た。黒煙が出ていて、戦火の名残があった。

海東青が飛んで来て、耿曙のそばに降りた。太子瀧が手を伸ばして触ったが、探鷹はいらついたように振り向こうとしない。耿曙とそっくりだ。

「あなたが宮中にいなかったので、鷹は私を相手にしてくれませんでした。これからは風羽(フォンユー)にはあなたについて行かせましょう。」

 

耿曙は行軍の腰嚢から干し肉を取り出し、すらりとした指で引き裂いて食べさせた。海東青は喜んで、すぐにくわえて飲み込んだ。耿曙は言った。「お前のタラタラくどい性格を嫌っているだけで、本当に何かあった時には命を投げ出してでもお前を守るだろうさ。」

太子瀧は不審そうに耿曙を見て、また笑った。「本当かな?」

「俺がやれと言ったことは何でもする。」耿曙は漫然と言った。

耿曙は海東青を見て思いにふけった。この鷹は落雁城で20年近く生きていた。かつて汁琅(ジュウラン)が生きていた時、林胡人が献上したのだ。その頃はまだ雛だったのを、耿淵(ガンユエン)と汁琅一が緒に育てた。汁琅が死んだ後は、誰もかまわなくなり、後宮の中で繋がれていた。4年前、耿曙は庭を通った時に風羽を見つけた。足の鎖を外して、放してやりたいと思った。しかし、海東青は逃げていかなかっただけでなく、粗暴な気質をしまい込んで、耿曙について回った。耿曙が行くところにはどこにでもついて行った。汁琮の話では、

「その鷹はお前の父を識っていたから、自然とお前のことがわかったのだろう。」とのことだった。   

 

そんなわけで耿曙はこの鷹を飼いならすために力を尽くした。耿曙、太子瀧兄弟は、海東青の信頼を得るために半年間がんばった。太子瀧は翼でたたかれて顔の半分が腫れ、手は啄まれて血が滴り落ちたが、幸いにもひどいけがではなくて、すぐに治った。それ以降、太子瀧はこの羽毛野郎を敬遠したが、耿曙は辛抱強く世話をしていた。今では宮中で耿曙以外のいうことは聞かず、彼以外の誰も眼中にない。そういえばと、耿曙は鷹のようなもう一人の人物、界圭(ジエグイ)を思い出した。今日はいつもと違うなと思ったら、界圭がついてこなかったのか。

 

太子瀧は、耿曙の表情が少し変わったのを見て、彼が何を聞きたいのかわかり、見て、と合図をした。界圭は馬に乗って、既に山の下方にとどまっており、耿曙の忠実な鷹と同じように、太子瀧がいつ出てもいいように待っていた。太子瀧はこのいつもつきまとっている醜い刺客にいらついている。「帰りましょうよ。あなたはどのくらいお風呂に入っていないんですか?オオカミみたいな匂いがします」と言った。耿曙は立ち上がった。「俺はお前を嫌っていないのに、お前は俺を嫌っているのか。」耿曙は山の斜面を下り、太子瀧と馬に乗り、任務を交代するため帰っていった。2人の後ろについていた界圭のことは相手にせず、雍都への帰還を兵に命じた。これで遠征は終わり、夏の豪雨の後、草原は秋になり始めた。

 

雍都に戻る途中、太子瀧は雨に濡れて病気になり、姜太后に叱られるはめになった。耿曙もともに叱られた。

「私はとても元気です。」太子瀧は言った。

「彼はとても元気です。」耿曙も汁琮にそう言った。

汁琮は「行くと言いだしたと思ったらもういないとは、本当に無謀だ。朝廷がお前の提出した南征の事案を認めて、やっと少しは褒めてやれると思いきや、とっとと兄を探しに出て行ってしまった。いつになったら18歳らしくなれるんだ?」と諭した。

 

今回の南征で、汁琮が太子瀧に経験を積ませようとしているのは明らかだった。すべての政令、行軍は、太子の手によるものが多い。太子瀧は1年前、つまり18歳になる前に正式に開府し、幕僚を百人近く集めて政務処理に協力した。太子瀧から見て、今最も力があるのは、山陰の曾氏嫡男の曾嶸と王兄の耿曙の2人にほかならない。太子府の百人以上の幕僚を置き去りにして、東北に軍をねぎらいに行ったことは、確かに府内に波紋を引き起こした。閣僚の多くは開いた口が塞がらず、曾嶸は怒り心頭で、辞任すると騒いでいた。

「彼らは私の国民です。会いに行くのは当然です。私が曾嶸をなだめに行きます。私のせいですから。」太子瀧は言った。

汁琮はゆっくりと道理を説いた。「お前は何人の国民に会ったというのか。名前は何だ。林胡族はどんな顔をしている?人数は?何を食べ、何を飲むか。牛や羊をどのくらい飼っているか。どのくらいの場所を占めているのか。」太子瀧は言葉に詰まった。「お前は雍都に飽き飽きして、兄のところに遊びに行きたかっただけだろう。」汁琮は不機嫌に言った。

耿曙は太子瀧を一瞥した。その目つきは、『それ見たことか。』だった。

汁琮の話は一転して、耿曙に移った。「お前も開府の準備をしなければならない。お前は王子であり、上将軍だ。東宮で使用人のようにしていてはだめだ。あそこは門客の場所だ。やたらと動き回っていたら、どんな風に思われる?」

 

耿曙は答えなかった。姜太后は言った。「あと数年で、そなたたちは加冠の年になります。規則があれば従うものです。朝廷には朝廷の規則があり、宗室にも宗室の規則があるのですよ。」

耿曙は姜太后に対し恭しく振舞う。太后が口を開けば、耿曙は箸を止める。「はい、王祖母。」

 

「開府するなら王妃がいなければ。いつになったら兄嫁にお目にかかれるのでしょうね。」と太子瀧は耿曙に尋ねた。「でも結婚したら、兄さんは李宏の娘に殴られないかな。」

耿曙は少しむっとして目つきで太子瀧を制止した。『その話はやめろ。』

太后は「あの娘は優しいから、そんなことはしませんよ。」と言った。

その様子を見た汁琮は大笑いして、冗談を言った。「昔、私がお前の大伯父と縁談について話した時もこんな感じだった。李宏の娘だが、姫(ジ)家の出でだ。姫(ジ)の家系はちょっと変わってるので、気をつけた方がいい。」

 

李宏というのは代国の王だ。3ヶ月前に雍に縁談を申し込み、王女を雍宮に嫁がせたいと言ってきた。この王女は名目上は、代武王の娘だが、実際には養女であり、実父は王族だった姫氏の後裔である。彼女の名前は姫霜(ジシャオ)といった。

 

代武王は剛猛な性格だが、養女は優しく穏やかで、少しも影響されていない。子供の頃から勉強好きで、丞相公子勝(ション)、耿淵に殺された運の悪い公子のことだが、彼の所で学んでいたそうだ。

彼女は3歳で天下のあらゆる書物を読むことができ、4歳で文章を書くことができ、5歳で…5歳にならないうちに、公子勝は亡くなった。

 

代国が縁談を申し込んだ意図は明らかで、もちろん雍と同盟したいのである。関外雍国と関内四国のいずれかの国との同盟を「合縦」といい、四国が連携して雍に抗うことは、「連横」という。武王が姫霜を嫁がせたい一番の相手は太子瀧で、雍国の唯一の後継者だからだ。

しかし、汁琮は実子の結婚については別の計算があり、代国と姻戚関係を結びたくない。

実の息子を姫家の王女と結婚させることはできないが、義理の息子ならいい。

そこで汁琮は姜太后、汁綾と長い間相談し、耿曙と姫霜を結婚させることにした。

前の世代での恨みごとは、李宏の意図を見るに、過去のこととするようだ。両国の間では民の幸せを重視するのだ。今は代国側の返事を待つだけだ。

「小姑さん(汁綾)は玉璧関に行ったぞ。南下出関前の準備のためだ。」汁琮が言った。「はい。」耿曙と太子瀧は同時に答えた。

 

夜になった。宮中太子府では文書が山積みになっており、幕僚たちが騒いでいた。太子瀧は6日近く出かけていたが、ついにつかまって政務処理を始め、四苦八苦していた。耿曙はすべての食糧、兵力配置を真剣に確認した。中原に入った後、どこに駐屯し、補給をどうするかなどの問題を含む。雍国の最大の拠り所は玉璧関だ。二千年の歴史を持つこの関は、すべての食糧の中継と集散の戦略的要地となった。適切に時間をかけて利用すれば、玉璧関を起点として、中原の四か国を一つ一つ攻略していくことも可能になる。

 

夜が更けて、幕僚たちはだんだん帰っていき、書房にはの耿曙と太子瀧二人だけが残った。太子瀧はあくびをしたのを耿曙に見られた。「疲れたなら寝ればいい。」耿曙はそっと呟いた。太子瀧は強がって、首を振った。「みんなこの百年来、神州で最も重要な年になると言っています。南征が終わったら、歴史書にも、私たちのことが一筆書かれるでしょうね。」

耿曙は心の中で思った。十三年前、安陽を血の海にしたあの「連合会議」が歴史に一部になったのと同じくな。

 

太子瀧は少し疲れ気味に笑った。「でも、私はなぜか、その中に身を置いても少しもピンときていません。今になっても、私は誰のために、何のためにこんなことをしているのかわからないんです。早すぎて、早く進みすぎて、私は……まだ準備ができていません。」

耿曙は軍報に炭で印をつけた後、立ち上がり、酒壺を持ってきて、太子瀧と自分のためにそれぞれ1杯ずつ注いだ。

「今日はどうして飲みたいんですか。普段はなかなか飲ませてくれないのに。」

「急に飲みたくなった。お前は大人になった。飲みたければは飲めばいい。いつも言うことを聞くばかりで、自分の思いを曲げているのは見ていて心が痛む。」

二人は互いに敬意を示し、強い酒を飲んだ。雍都の酒は中原の酒とは異なる。中原の酒は甘く、北方の酒は喉に入ると刀のようになる。飲んだ後、耿曙は漆黒の夜の庭を見て思いを馳せた。「恒児(ハンアル)が死んで、もう5年たった。」

太子瀧は予期せず、またその名前を聞いて、慰めの言葉を言わないわけにはいかなかった。「今回南下したら、消息を尋ねることができるかも、、、」

「死んだんだ。尋ねる必要はない。兄は知っている。心の中ではっきりわかっている。」昭夫人はずっと前に死んだ。衛婆も死んだ、項州も死んだ。姜恒だって死んでしまったんだ。いくら言ってみても、自分を苦しめるだけだ。

「ここ数年来、兄はずっと考えていた。彼は死ぬ必要はなかった。こんなことをするのは、それがあの子のためだと思えるからだ。」耿曙は最後に「早く休めよ。」と言った。

 

太子瀧の表情が変わった。耿曙が5年の間、姜恒を忘れなかったことは知っていた。

年が変わり、万象が更新される大みそかの夜、家宴の後で、耿曙はいつも黙って宗廟に行き、「耿恒」の名牌の前で夜明けまでひざまずいていた。

人はいつも死ぬものだ。父の兄で、会ったこともない大伯父の汁琅も死んだ。汁琮は、死生は天の定めで、過度に悲しんではいけないと言った。五年間の一日また一日、耿曙は受け入れたようで、ずっと受け入れられていない。

朝廷の人々は彼が兄の耿曙を敬愛し、耿曙は弟の瀧を大事にしているのを見ている。

だが太子瀧は心の中で知っていた。耿曙は自分の目を見ている時、自分を透して、別の人を見ている。——あの死んだ子供を見ているのだ。

耿曙、あなたは本当に私の兄さんなのですか。もし本当にそれを口にしたら、答えはもっと残酷なものかもしれない。落雁の初日に戻って、耿曙が言った言葉のように。

「俺はあんたを知らない。」