非天夜翔 山有木兮 翻訳の練習 34

非天夜翔が好きすぎて自分が読むために200話翻訳しました。万が一同じような趣味のかたが読んでおもしろいと思って下さったら是非原作を正規のルートで手に入れて読んでみてください。営利目的ではありません。要求があれば、すぐに削除します。

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第34章 紅塵への路:

 

「難しいな。」本堂にいた松華が言った。「最も可能性のある末路はこうだ。この関門の弟子は、お前のことだ姜恒(ジャンハン)、三月以内に乱軍の中で死に、首が切り離されているだろう。」

 

姜恒は昨日にひき続き想定上の天下平定戦略をたてていた。

鄭国が天下を統一したら、国内の施政と変法を始める段階に進む。その一方で、反体制派を排除し、朝廷を整備するために一連の政変をおこす。

 

海女の話を聞いた時、姜恒は思わず頭を上げて、苦笑せざるを得なかった。

松華は傍若無人で、その場に本人がいても気にせず、再び鬼先生に言った。

「もし項州がまだ生きているなら、彼を守ることができたかもしれないが。あなたは彼を単身、この虎狼が待ち受ける五か国の中に送ろうとしている。それは死を贈るのと同じだ。」

 

鬼先生は言った。「略奪者になるのに、イバラを恐れるのか。まして、彼の手にはもう一つのものがあることを忘れてはいけない。」

姜恒は「ええ、私に託された金璽があります。」と言った。

 

その日、殿内で松華、鬼先生は、姜恒が明君に協力して天下を平定する最後の一歩を完成するのを見た。一歩一歩が心をすり減らし、一歩一歩が危険極まりなく、一歩一歩が、斬首寸前の歩みだ。自分の首もだが、他の幾人の首をも切り落とすかしれない。

 

だが、最大の問題は、全ての歩みが姜恒の仮想の中に存在する机上の空論で、何の根拠もないことだ。どの歯車の動きに問題が生じた場合も、姜恒は身を葬る場所さえなく死に、この大争の世も終わることはない。

「でも信念があります。」と姜恒は答えた。

「治世の信念か?」と鬼先生は聞いた

姜恒は真剣に言った。「天下の気運に対する信念です。千年の古来より、中原の大地はそのたびに自身の力で立ちあがっている。戦乱は永遠に続かない。治世も永遠ではない。陰陽が巡るように、分かれては合わさり、合わさっては分かれる。私にできなかったとしても、神州の大地はいつか、再び新生の時を迎えるはずです。」

 

鬼先生は「長い目で見れば確かにその通り。ただその内に身を置いているすべての人にとってはどうだろう。短い一生だ。生きている数十年の歳月が、救いの時なのか、それとも沈む時なのか。」と話した。

殿内はしばらく静かになった。姜恒は新しい朝廷を構築したが、鬼先生が軽くため息をついたのを聞いた。

「これ以上推す必要はない。さて、最後の質問をしよう。」

今日羅宣は来なかった。姜恒は、鬼先生の試験はこれで終わると思っていたが、問題はもう一つあり、択一問題であった。今回は、海女松華が口を開いた。

「羅宣はお前との別れを惜しんで、大切なものと交換したいと、何度も頼んできた。

それで私たちはお前に選択の余地を与えることにした。」彼女の感情のない声が殿内に響いた。まるで空霊の仙女のようだ。松華はゆっくりと言った。

「滄山海閣に残って、玄武七星を守る。お前は無限の陽寿、不老の顔を持つことができるが、人の世のすべては、お前とはもう関係なくなる。」

姜恒は目を上げて、松華を見ている。

「もう一つは、紅塵に入り、これ以降、海閣はお前に門を閉ざす。お前は神州千年の災難に対応しなければならない。生死にかかわる時でも、師門に助けを求めることはできない。」

松華の声は止まったが、四面にはまだ反響が漂っているようだった。

 

―――

早朝、滄山は静まり返っていた。たまに鳥の鳴き声がして、神山の空霊たる様を現していた。

 

姜恒が、5年間暮らした仙山楼閣を通った時、風鈴が廊下で軽い音をたてていた。

羅宣は長海に面した階段の下に座っていた。足元には風呂敷に包まれた荷が置いてあった。彼は姜恒をちらっと見た。「お前が断ることはわかっていた。」と羅宣は沈んだ声で言った。

 

「師父。」姜恒の目は赤くなった。そばに座り、手を伸ばして羅宣を抱いた。羅宣が姜恒が永遠に海閣の中に残ることができるように松華と鬼先生に頼み込んだのだと知っていた。うなずいて残りさえすれば、彼は永遠に死なない生命、若返りの顔を持つことができる……しかし、彼は受け入れなかった。彼は既に一度死んだようなもので、彼の身にはもっと重要な責任がある。

それは姫珣(ジシュン)に託された金璽であり、母と項州(シェンジョウ)が戦火の中に消えたことであり、耿曙(ガンショウ)の死である――そのすべてに対してのやるせない思いは、大争の世が終結した日にこそ、完全に消せるのだ。

 

「失せろ!こっちに来るな!何をする気だ?」羅宣は苛立たし気に姜恒の手をどけ、頭を押しのけた。姜恒は笑ったが、羅宣は振り向かないまま「荷物は全部片付けてやったぞ」と言った。「このまま失せろ、二度と戻って来るな。」

姜恒は立ち上がった。風呂敷包みを背負い階段の前まで行ってから、羅宣にひざまずいて、3回叩頭した。

「師父、」姜恒は最後に言った。「生まれ変わったら、来世では私はあなたの……あなたの…」姜恒は長い間考えていたが、「何になってもいい。」と言った。

「今世でも人の言うことを聞かないくせに何が来世だ、失せろよ。山を下りたらせいぜい生き抜け。人にめんどうをかけるな。」羅宣は立ち上がり、姜恒を相手にせず、背を向けて階段を上り、大殿内に戻った。

 

姜恒がゆっくりと山を下りて、遠く離れてから振り返ると、大殿のてっぺんに人影が立っているのが見えた。「師父――!」姜恒は涙を浮かべて叫んだ。人影は本堂に飛び降り消えた。

夕暮れ時、残陽は血のようで、長海に映って波をきらきら光らせ、血の色の長い川を描いた。姜恒はいかだを漕いで、風の中、長海を渡った。

 

羅宣が風呂敷に包んでくれたのは、変装用品の箱、銀を少し、薬瓶1本で、瓶の中には3粒の丹薬が入っていた。姜恒は4年前に羅宣がこの薬を練っているのを見た。傷が重く、毒ににおかされた人を治すことができたのを思い出した。

ほかには、布が巻きつけられた軟剣があった。それは海閣神兵玄武徽と刻まれた利剣で、名を「繞指柔(ラオジロウ)」という。あとは着替えの服が1着。

 

金璽と黒剣は湖底に沈んでいる。姜恒は取り出さないことにした。先はまだ長い。

彼は滄山を振り返った。この地を昔眺めた時、海閣は霧の中に隠れていたっけ。

 

海閣大殿の頂上では、羅宣が火油を提げていた。そこには書閣、大殿、そして姜恒と長年暮らした寝室があった。

高い角を持つ壮健な雄鹿が2頭、高台に立っていた。鬼先生と海女はそれぞれ鹿に乗って、羅宣が海閣の中で忙しく動き回り、大殿の入り口に火油をかけるのを見ていた。

羅宣は包みを背負って、殿外に立った。

 

羅宣は、「先生がここに留まり教えてくださったことに感謝いたします。恩徳はこの世では報いることができず、来世で再会するしかありません。」と述べた。羅宣は鬼先生にひざまずいて、三回叩頭した。

 

一陣の風が吹いてきて、鬼先生の仙衣が舞い上がった。

「羅宣、本当にわしらについて来ないのか?」鬼先生は言った。

羅宣は首を横に振って、火おこしを擦り、身をかがめて、油に火をつけた。

炎はたちまち広がり、山風の中で海閣大殿を飲み込んだ。

海女は言った。「今日出て行くと、それは永遠の別れだ。羅宣、お前の体の毒はまだ残っている……」

羅宣は「言われなくてもわかっています。その時はその時です。先生、海女様、お気をつけて」と答えた。

鬼先生は「わしらは神州を離れて海の向こうへ行く。縁があればいつかまた会えよう。」と話した。羅宣は「いつかまた」と丁重に言った。

鬼先生と海女は鹿に乗り、山林には入らず去っていった。羅宣は姜恒が向かった方向を望み、両腕を広げ、高台から、飛びたった。背中の玄武堂値守の剣印を露わにして、まるで飛鳥が林に飛ぶように、茫漠とした夜に消えていった。

 

                      (鬼先生は日本に行ったのかなあ)

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北地、林胡領。

天地の間は死んだように静まり返っている。林胡人の故郷の村や町が燃えている。雍国鉄騎軍が行き来し、耿曙(ガンショウ)は高頭大馬を操り、村の前に駐まった。林胡人は兵士に追い出され、300年近く暮らした村を次々と離れ、もう一つの塞外(万里の長城の北)の大都市、山陰に移った。

 

耿曙は19歳になった。4年前に落雁の来た時よりも背が伸び、容貌も変わった。汁琮(ジュウツォン)と姜(ジャン)太后によると、彼は父の耿淵(ガンユエン)がその年頃だった時よりも背が高く、がっちりしているという。太子瀧(ロン)よりも英俊で、武人の自然な英気があり、雍国で最も目を奪われる武将であるが、最も人の心を砕く王子でもある。

 

彼の目は、風林人の聖湖のように、ずっと澄みきって穏やかで、白皙の顔には雍人の特徴はあまりなく、むしろ南方の文人の面持ちがある。唯一耿淵に似ているところは、いつでも、どこでも、穏やかな、明るい色の目だった。

 

彼は雍軍制式の皮甲を着て、左肩に護肩をつけていた。兵士たちと同居し食事を共にしており、御林軍、黒鎧軍は彼の兄弟のように、彼の後に続き、彼のために命もかける。彼と生死を共にする覚悟で戦い、功を立て、業を為すのであった。

 

彼は受けた褒賞は懐に納めず、将兵たちに気前よく分け与えた。私産も持たず、功績も爵位も気にしない。一匹狼のごとく孤高で、何事にも関心がないかのようだ。

まるで広々とした空の孤雲のようで、世の中のあらゆる瞬間に起こったことや物で彼の心を動すものは何もない。

 

3ヶ月前、彼は御林軍を率いて王家のために出征し、林胡部族を一挙に平定した。この東蘭山と雪林の境界に属する古い民族は、彼らの土地を離れさせられ、雍国の南征大計のために、数百万の北方民族に溶け込み、雍人大家族に加入することになる。

 

しかしこの移動は、血と涙の足跡を残していた。耿曙の、電光石火の襲撃で、林胡人のすべての防御障壁は崩壊した。一年前には更に遠く、山中に散在する北方部族を攻撃し、また1年半前には軍を率いて風戎の乱を平定した。

雍軍は、彼の指揮のもと、馬を斬る長刀のように、向かうところ敵なしだ。

 

落雁城には歌がある。

汁将軍が現れた 山の峰は身を削り、滄い海は埋められる

 

耿曙は17歳から雍都軍を引き継いで、わずか2年間で3回出征した。太子瀧は朝中に鎮座し、大雍丞相魏管から内政管理を学んだ。兄弟二人は一文一武、誠心誠意相手を信じている。この暗黙の了解の下で、雍国北方すべての障害は取り除かれて、強大な一体に凝集された。1台の、勢いの止められない戦車となり、咆哮をあげ、今にも玉璧関を飛び出して、中原の大地全体を平らにできそうだ。

 

もちろん、この轟音を立てた戦車の軌跡の前では、抵抗した多くの人が犠牲にならざるを得ない。しかし、汁氏の統一大業のためには、すべてに価値がある。

 

耿曙は部族から追放された林胡人を見た。最後に兵士たちが2人の兄弟を捕まえて、兄はぬかるみだらけの地面に押さえつけられて、弟は泣いて兄のために求情した。

この光景は彼に何年も前、自分と姜恒が潯東を離れた日を思い出させた。まるで昔々、前世での出来事のようだったが、不思議なことに昨日のことのようにも思える。

「彼らを放してやれ。落雁に帰ったら、兄を城防軍に入れ、弟に馬の世話をさせろ。」と耿曙は部下に命じた。

耿曙は林胡人の話を大体理解できるが、話せないし、話すのもおっくうだ。彼は馬を振り向けた時、急に危険を察知し、無意識に反応して、突然剣を引いた。

暗いところから矢が飛んできた。耿曙に身を返されて、矢はバシッと半分に折られた!

 

林胡人の領地側にはまだ伏兵がいた!御林軍兵士は突然のことに驚いて、次々と木の上に向かって矢を射た。耿曙は振り向いて、制止しようとしたが、一瞬の内に万矢が一斉に発せられた。樹冠から血が噴き出し、すぐに一つの死体が木の幹から落ちた。3丈の高さから落下し、鈍い音をたてた。

「彼らの父です。」隊長が耿曙に言った。「殿下、彼はここで2昼夜待ち伏せていたようです。」

耿曙は眉をひそめた。隊長はその死体を引きずってきた。捕虜を識別して、あの兄弟も一緒に殺すように言いつけたところで、耿曙はいらついた様子で「よせ!」と言った。

一言だけの命令に、誰も逆らわなかった。少年は死体を抱いて泣き、御林軍に縛られて引きずられて行った。