非天夜翔 山有木兮 翻訳の練習 56

非天夜翔が好きすぎて自分が読むために200話翻訳しました。万が一同じような趣味のかたが読んでおもしろいと思って下さったら是非原作を正規のルートで手に入れて読んでみてください。営利目的ではありません。要求があれば、すぐに削除します。

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第56章 霜公主:

 

「兄さん」姜恒は耿曙をじっと観察して、尋ねた。「怒ったの?」

「怒ってない。」耿曙は少しイライラし始めた。太子瀧と一緒にいた頃のように、話したくなくてイライラするのではない。言いたいことをわかってもらえない。空気に向かって一人で話しているようだ。

「何か食べに行こうよ。あなたに何か曲を弾いてあげる。」姜恒は言った。

たちまち耿曙の気分は上向いた。           (ちょろすぎるだろう)

 

数日待ったが、姜恒が送った手紙に返事は来なかった。持ってきた商品が売れているか二人は毎日市場に見に行った。そして店長から売上金を受け取ると銀荘に持って行って手形に変えた。姜恒はよく商人を探しておしゃべりしながらお茶を飲んだりお菓子を食べたりした。耿曙は何も言わずにそばで聞いていた。そして、姜恒が上手に、各国の情報を引き出す姿を見ていた。

 

姜恒にはだんだんとつかめてきた。海閣にいた四年間に、四か国では色々な変化があったのだ。かつて中原のことは、全て羅宣から聞いていた。耿淵の『琴鳴天下の変』以降、中原の勢力は加速した戦車のように、以前よりも激しくぶつかりあった。

たぶん最初の計画を修正すべき時だろう。だが姜恒はまだはっきり決められなかった。5カ国のうちどの国が今後20年の中に、天下統一という大事業を成し遂げるのに最適なのか。

 

ところで、商人たちが最も多く話題にしたのは、やはり西川城内の情勢だった。

―――太子が牢に入れられ、公主は軟禁されている。武王が政権を掌握し、先日、第三王子の李儺(リヌオ)を将軍嶺に派遣して軍隊を集結させ、前鋒に充てる準備をしたそうだ。すべての変化の向かう先は一つ ーーー戦争になるのだ。商人が一番嫌うのは戦争だ。戦乱が起きると商路が遮断される。西川城で最も威光があった太子謐は返り咲く日が来るか分からない。最悪、開戦した場合には西川は商路が断たれる。みんなどこか別の場所を探すしかなくなるだろう。

「兄さんは、どう思う?」

「何をだ?」耿曙は茶席の後ろに座って菓子の紙を注意深く剥がし、姜恒の皿に載せた。昔、二人は食べる物に困った時期があり、その時のくせで耿曙はいまだに姜恒にたくさん食べさせたくなってしまう。「最後まで勝ち抜く国はどこか。ねえ、もう食べられないよ。自分で食べて。」「西川の菓子は繊細に作られているな。金があると違う。よく研究されている。」そう言って耿曙は自嘲ぎみに続けた。「雍のは泥饅頭みたいでひどいんだ。」

「軍隊は最強だけどね。」

耿曙は考えて言った。「どこか選ぶとすれば、俺は雍がいいと思う。」

「どうして?」耿曙は長い間考えた末、何も答えなかった。姜恒は我慢できずに言った。「兄さん、どうしてそんなに心配性になったの。一日中黙っていて何を考えているの。」耿曙は慌てて言い訳をした。「違うんだ、ハンアル。聞いてくれ、そうじゃなくて…変なことを言ってお前を怒らせたくないんだ…。」耿曙は姜恒が雍国を好きではない、というか、汁琮の人々に対する行いに反感を持っていることを知っていて、そこに引け目を感じていた。「特に何か考えているわけじゃない。お前を見ているだけだ。信じてくれ。」

姜恒はわかったわかった、そんなに言い訳しないで、という意味で笑って見せた。耿曙は心配なことがあると黙り込む傾向がある。元々弁が立つ人ではない。言いたいことを何でもすらすら言える人ではないのだ。姜恒は軽く息を吸って、琴の弦をつまびいた。「雍国に情があるんだね。」耿曙は答えなかったが、最後には認め、うなずいた。

姜恒はついに心を決めた。だが、これは耿曙には言わないでおこう。

 

「代国は確かに裕福だ。」姜恒はしばらく考えてから言った。「だけどその富をもたらした人はもう死んだ。」

耿曙が答えた。「李勝の死は悔やまれる。だから、ここ数年父さんがしたことの意味を知れば知るほど、……。」耿曙は考えたが、どう形容していいかわからなかった。

姜恒は引き取って言った。「以前は英雄だと信じていたけど、色々知った今では違うかもしれないって思っているんだね。」耿曙はうなずいた。姜恒ほど気持ちを分かってくれる人はいない。それに実際、罪の意識のようなものも感じる。父が殺戮した人たちに対し、自分は何の償いもできない。

 

「本当のところ、梁国はもう少し時間をとって休養したら希望があるかもしれない。」

姜恒が見るのは国力ではなく人だ。梁国は新しい国君をたてていた。まだ年若く、貧しい民間出身だ。軍隊、外戚、権力のある大臣、三大勢力の中でなんとか生き残り、権臣から指導を受けているところだ。民間出身の人は民の苦しみを知っている。うまく育ち上れば、ふさわしい君主になるかもしれない。

耿曙は言った。「だが、目下のところ最弱だ。雍国が関を出たら最初にやられるのが梁だ。

「そうだね。彼らには時間が一番必要だけど、汁琮は時間をあげてやる気などないからね。」その時食堂の一階から優し気な女性の声がして、姜恒は考えるのを止めた。

 

「七月流火,九月授衣。春日載陽,有鳴蒼庚……」

歌声は悠々と明るく響いた。女性は2階に上がり、2人に向かって礼をした。姜恒は探していた人が来たとわかった。仕立て屋の店内で1度会ったと、曲の中で暗示していた。

婦人は「どうぞ」という動作をした。姜恒と耿曙は視線を交わし、耿曙がうなずいた。

 

馬車は二人を乗せ、西川城を小一時間走り、とある家の裏門で停まった。婦人は再び、「どうぞ」という動作をし、姜恒と耿曙をその家の地下室へと連れて行った。姜恒は心の中で思った。『事態はそこまで進んでしまったのか?姫霜公主は地下室に閉じ込められているの?』耿曙は警戒した。「ちょっと待て。俺たちをどこへ連れて行く気だ?」婦人は何も答えず耿曙を一瞥しただけだ。「気にしないで。」姜恒はささやいた。前方にはいつの間にか、刺客が立っていたが、姜恒は待ち伏せされても、耿曙の腕なら、二人は無傷で帰れると確信していた。

案の定、婦人は彼らを地下室からのびた密道に連れて行った。暗い門を開け、地下道を一刻ほど歩くと薪小屋に出た。周りは人でいっぱいだった。

「いらっしゃいました!」すぐに侍女の声がした。

姜恒は薪小屋の中に4人の人がいるのを見た。みなは彼ら2人に拝礼した。耿曙は薪小屋の門を押し開け、自分が大庭園の中にいるのだとわかった。

 

背の高い女性が迎えに来た。「殿下がた、やむを得なかったとは言え、お許しください。」

「ご心配なく。私は、、、殿下ではありません。お気遣いなく、姉様。」

姜恒はすぐに礼を返し、辺りを見回した。耿曙は冷たい態度で拳を握る礼をとった。

以前の近づきがたい人物に戻ったようだ。交渉事は姜恒が処理するにまかせた。

 

「ここはいったいどこなんですか。」八割がたは推測できていたが。道案内してきた女性が言った。「湘(シャン)府です。今通って来たのは10年前に作られた抜け道です。霜公主は初めて使われました。他言しないでいただきますようお願いいたします、殿下。」

 

やはり事態は非常に深刻だったのだ。この密道を知る人は少ない。事態があまり宜しくない時に誰かを逃がすために使われるのだろう。姫霜は彼らを中に入らせるために、逃亡路を暴露する危険を冒している。すでに焦りを極めている証拠だ。

「殿下どうぞ。」背の高い女性は長廊に彼らを連れて行き、木門を押し開いた。

姜恒が耿曙を見ると、彼はうなずき、三人は中に入った。外から門が閉められた。

そこは二進小院だった。(「日」の形に門→庭→門→庭となっている建物)庭にはたくさんの湘妃竹が植えられていた。池もあり、色とりどりの魚を飼っていた。一人の娘がぼんやりと池を見ていたが、照壁から入ってくる足音を聞くと、振り向いて視線を送った。

 

姜恒は彼女を一目見て噂が本当だったことがわかった。ただ、この傾国傾城の霜公主は商人たちの噂以上に美しい。彼女は天青色の紗を身にまとい、化粧はせず、頭に竹簪を一本刺し、手首に玉の腕輪をつけていた。薄霧のような面差し、水のようにきらめく瞳、まるで仙女のようだ。

 

「汁(ジュウ)殿下ですか。」姫霜は柔らかな唇を少し開け、小声で尋ねた。「太子殿下と王子殿下でしょうか。」

姜恒が耿曙を見ると彼は尋ねた。「霜公主か?」

姜恒は姫霜が人違いをしているのだと分かり言った。「私は太子ではありません。ですが、こちらは確かに汁淼殿下です。」

姜恒は「兄嫁」と呼びたかった。正式に婚約してはいなくても『こちら側の人』と言えるはずだ。二人は危険を冒して彼女の軟禁を解くために来た。彼女は危険を冒して二人に会った。それが『こちら側の人』のとる行動でないなら、何であろうか。

しかし、耿曙の頑固な性格を考えて、姜恒は礼儀正しく、王族に会う時の規則にしたがい、うやうやしく「公主には申し訳ありませんが。」と言った。

姫霜は間違いに気づき、「属下から汁殿下兄弟が西川にいらしたと聞いていたので、瀧太子がお見えになったのだと誤解しました。」と笑った。

「彼は確かに私の弟です」と耿曙は言った。「しかし汁瀧ではなく、雍国の王族でもない。」姜恒は目で合図し続けたが、耿曙は少しも気にせず、単刀直入に話した。

姫霜はそれを聞くとよくわからないという表情をしたが、問い詰めることはせず、うなずいて、小声で言った。「あせって行動してしまい、殿下にご迷惑をおかけしてしまいました。文を読んで千里の道を駆けつけてくださった御恩には応えようがありません。

耿曙は「実は私ももう殿下ではありません。」と言った。

姜恒:「……」

姜恒はもう見ていられなくなり、「兄さん!」と責めた。

この人は公主だ。耿曙が王族の身分を持っていたとしても、汁氏は封じられた候王族にすぎない。天子王室よりも一段低いのだ。霜公主に初めて会ったというのに、耿曙はちゃんと挨拶もせず、あげく彼女の言葉をさえぎった。礼儀作法はどうなったのだ。

姫霜は笑い出した。この情景を面白いと感じたようだ。だがその後、長いため息をついた。

「公主の手紙を受け取った後、兄はいてもたってもいられず、できるだけ早く西川に行こうと私に催促し…」「してないぞ。ハンアル!」耿曙はおもしろくない。

姜恒は苦笑いした。「口を挟まないで。兄さん。」

姫霜はまた笑い出した。笑いが止まらず、額を手で押さえ頭をゆすった。

耿曙は何か話そうとしばらく考えていたが、何をどう言えばいいか分からなかった。

すでにもう気まずいのに、どうすればいいだろう。幸いにも霜姫は気を利かせて、

「忙しくて準備ができず、お茶だけしかお出しできません。お二方、どうぞおかけください。」と言った。

 

「あの手紙はあなたが書いたのですか。」姜恒は腰を下ろすと、尋ねた。

姫霜はうなずいた。「ええ。私が書きました。」

姫霜は目の前のこの少年がどこから来たのか分からないが、その隣の愛想の無い方は汁淼で、未来の夫だと知っている。晋礼によると、女性は嫁ぐ前に婚約者に会うことができなかったが、西川の民風は開放的で、緊急時でもあったので、あえて行動するしかなかった。

「熟練した美しい字ですね。」姜恒は感心したように言った。

姫霜は答えた。「開蒙(子供が勉強を始めること)した時、天子だった従兄から習ったのです。」姜恒はすぐに理解した。彼女の従兄、姬珣のことだ!どうもどこかで見た字のような気がしていた。                     (姬珣~。)

 

耿曙はまた話し始めた。「霜公主、私たちが西川に来たのは、もちろんあなたを助けるためです。あなたはここを離れることを考えていますか?」

姜恒はもともと、順を追って徐々に彼女に打ち明けさせようと考えていたが、また耿曙に計画を邪魔された。幸い姫霜は少しも気を悪くしなかった。汁淼はいつもこんな感じなのだと既に悟ったのかもしれない。またため息をつくと、「殿下、この方は…」と聞いた。「私は姜恒と申します。姉上はどうぞハンアルとお呼びください。」

 

姫霜は言った。「確かに私の方が少し年上のようですね。殿下、恒児、私はすでに囚われの身です。西川を出ることに成功しても、この広い天下のどこに私の安住の場所がありましょうか。」姜恒は何とか慰めようとした。兄が雍国王子の身分であれば、ずっとやりやすかっただろう。彼女を嵩県や落雁城に連れて行けば、代国はもう彼女を手に入れられない。だが、耿曙には結婚する意志がないので、この話はしにくい。

耿曙は少し考えてから言った。「そうですね。」 

姜恒「………。」

 

 

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もう黙ってろ。耿曙