非天夜翔 山有木兮 翻訳の練習 44
非天夜翔が好きすぎて自分が読むために200話翻訳しました。万が一同じような趣味のかたが読んでおもしろいと思って下さったら是非原作を正規のルートで手に入れて読んでみてください。営利目的ではありません。要求があれば、すぐに削除します。
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第44章 和解交渉:
汁琮は前線から軍報を受け取るより前に、すでに玉璧関に駆けつけていた。鄭国から送られてきた手紙を見て、「趙霊が来るのは十三年ぶりだから、よく話をしなければな。」と言った。
この奇襲作戦は、太子瀧と耿曙が4年間学んだ末に、初めて協力してたてたもので、彼は2人の息子が、この戦いで天下に名を轟かせることができると自信を持っている。汁琮の息子と耿淵の息子が義兄弟になって互いに助け合い、大雍が天下を統べる際の王旗と利剣になるのだ。
鄭国大将の車倥(チェコン)の出兵はすべて彼の予想通りだった。子閭が死んでのち、鄭国には智将はおらず、いるのは勇将だけだ。勇武だけでは、戦争には勝てない。
計画の全貌は、3人しか知らない。耿曙、太子瀧と汁琮自身。彼らはすべての兵馬を嵩県に駐留させておらず、かなりの兵士が、洛陽城外に残されている。車倥が洛陽を取れば、彼らは車倥に向かって包囲攻撃を展開し、再び洛陽を陥落させるだろう。
軍報が届くころ、太子霊は玉璧関にいて自分と交渉をしている。完璧だ。
汁琮は「彼らの要求に応じて関を交渉の場とするため、我らの兵士は関の前まで撤退させて壁の外で待機させよ。」と命じた。
姜恒は王車の中で琴を抱いていた。そばには趙起が座っていた。
趙起は「公子、本日、日暮れ前には玉璧関に着きます。」と言った。
姜恒は「玉璧関ってどんなところ?」と言った。
趙起はしばらく黙って、「公子にお答えします。属下は行ったことがありません。」と言った。
姜恒はうなずいた。趙起は「これからはいつでも、ご自分で見に行かれますよ。」と言った。姜恒は笑った。冬になったが、彼の笑顔は花のように、馬車の中に暖かさをもたらした。趙起は我慢できずに「公子、」と声をかけた。「何?」姜恒は趙起の方を向いた。「公子は、暗殺が失敗したら、二度と帰ってこられないと思っていませんか。」
姜恒は少し意外だったが、趙起の意を汲み、「いいえ、そのことは私にとって重要ではありません、本当です。」と答えた。
あの夜、姜恒にはようやくわかったのだ。耿曙が死んでから、自分の世界の最後の家族が去ってから、彼はとっくに見限っていたのかもしれないと。期待や信念は、すべて自己欺瞞であり、生きている意味など、鏡花水月、水に映った花や月のように虚像にすぎない。生きるための思念がないために探し出しただけの物なら、それが何であろうと重要ではない。ましてや成功するかどうかなど、全く重要ではない。
「何が重要ではないのですか」と趙起は尋ねた。
姜恒は首を横に振って話題をそらした。「私はただ考えていたんです。あの時の耿淵の決死は、今の私のよりもきつかったでしょう。自分の目を刺して安陽に行き、何年も潜伏していたんだから。だけど、彼は心が揺らいだことがあったのかなって。」
「なかっただろうと思います。」趙起が言った。
「彼は最後に自刃したそうだけど、彼の腕が噂通りなら、『琴鳴天下の変』の後、逃げられたはず。」
「耿淵は天下一の刺客でした。武芸は項州たちより優れていたので、できたと思います。」
「どうしてだと思う?」趙起は答えなかった。
「畢頡(ビシエ)に償うためだって言う人もいる。でも私は思うんだ。彼の知己は……汁琅はこの世にいなかった。彼の琴の音を理解する人はもういないし、生きていても何の意味もないと思ったのかなって。」 (奥さんと子供は~~~!!!)
「公子。」趙起の声が急に重くなった。
姜恒は軽く「うん」と言ったが、その時、車が止まって趙起との会話を中断した。
「着きました。」と孫英は車外から言った。趙起は姜恒のそばについてこなかった。
「公子、もし戻らないおつもりなら、趙起はあなたについて、、。」
「だめだめ!」姜恒はそれを聞くと、すぐに言った。「趙起、あなたの一生はまだ長い。そんな必要はありません。」
「太子殿下は属下に公子のお世話をするように言いつけました…。」
姜恒は趙起が何を言いたいのかわかった。暗殺に失敗したら、逆に汁琮に処刑される。その時趙起は自決して殉葬されるつもりなのだ。だが姜恒は決してそんなことはさせない。
「殿下はどちらです?」姜恒の声は厳しくなった。「殿下にお来しいただきたい。話があります。趙起、口を開くな。」
太子霊は急いで駆けつけ、「どうした?」姜恒は笑って趙起を指し、太子霊に言った。「私は彼をあなたに返します。殿下、どうか彼を大切にしてください。趙起、私は行きます。いままでありがとう。いつかどこかでまたお会いしましょう。」
趙起は声を震わせて「公子、」と言った。
太子霊は「そいうことならお前は帰りなさい。先生の気持ちを無駄にするな。」と言った。趙起は片膝をついた。風雪の中、大勢の侍衛が集まってきた。前方の玉璧関では鎮関の鐘が鳴り、関門がゆっくりと上がった。趙起は頭を上げて、太子霊と姜恒、孫英を見送り、風雪の中に消えた。
姜恒は関に入ってから車を変えた。今度は孫英が彼のそばに付き添ってくれた。御付きの身分が変わり、孫英に変わったが、彼らの設定では、『孫英は姜家の召使いであり、姜恒を長年守ってきた。』のだ。太子霊は別の車にいた。御林軍は関門に入り、南関壁の下に駐屯し、それと同時に雍軍は関から出て、北関壁の下に幕を張った。双方が関城高所一帯を譲り、太子霊と汁琮が会談を行う。汁琮は関壁の高所に立ち、手に持った松の実を噛みながら壁の下を見た。
曾宇は「太子霊は刺客の恐れがある人物を2人も連れてきました。」と小声で言った。
汁琮は言った。「耿淵が死んでから、天下には私を殺せる者はいない。3人とも来させればいい。太子霊もそれほど愚かではないだろう。」
翌日、玉璧関壁の高所に、雍国王旗が掲げられた。
「鄭国太子霊、雍王に謁見――。」
鐘と太鼓が一斉に鳴り、通伝が終わり、太子霊が庁内に入った。孫英も姜恒を支えて来て、三人は腰を下ろした。姜恒の前は真っ暗で、四方八方、静まり返っている。外からサラサラと雪の音がするだけだ。その時、初めて汁琮の声を聞いた。
「あなたは私にある人を思い出させる。」と汁琮は言った。
姜恒の耳元で、太子霊が親切に説明した。「私は彼に似ていると言われているのだ。」
孫英は琴を姜恒の前に置いた。姜恒はそっと手を上げ、弦の上に置いた。彼の手首には、猛毒を入れた繞指柔剣をつけていた。出発する前に、公孫武は彼に、この毒は即効性はなく、体に入ると苦痛が大きくなり、全身が腐って3ヶ月後ゆっくりと死んでいくと言った。
これは太子霊が汁琮に与える最適な待遇であり、関南四か国から、汁氏兄弟に贈る最高のお返しである。
汁琮は考えて、「あなたは子閭に似ていないな。」と言った。
太子霊は「誰に似ていますか?」と笑った。汁琮はため息をついた。太子霊をじっと見て、考え、「まあ誰でもいい。直接来て話をしたいとは、予想外だった。帰れなくなるとは思わないのか。」と言った。
姜恒が入ってきてから、汁琮はずっと彼を見つめていた。太子霊がなぜ琴師を連れてきたのか分からなかった。目には目を、歯には歯をよろしく、この子供に琴を使って借りを返させ、自分を刺殺させるつもりか?それではあまりに幼稚だ。そう思いつつも、彼は最初から最後まで何も聞かず、琴師の子供がいないかのようにふるまった。
太子霊は「私が帰れなかったとしても、大鄭を率いる人は出てきます。雍王はどうぞご心配なく」と笑った。汁琮は笑って、「鄭人は死を恐れないと皆が言うが、私は心配性でな。そういうことなら、酒でもいかがかな。」と言った。
太子霊は喜んでうなずき、汁琮の下で強い酒を注いだ。孫英と姜恒はそばで、ずっと黙っていた。太子霊は「軍は到着しましたか?雍王は前線の軍事状況を知っていますか?」と言った。汁琮は何杯か飲みながら、何かを待っているようだったが、最後に、「軍報?今日来たのは昔のつけを払わせるためではないのか?」と言った。
太子霊は答えた。「いいえ、古いつけを清算するためなら、この人数だけでは来ませんよ。」
汁琮は笑った。「言っておくが、今回の出兵では、あなた方、鄭国の一草一木を侵していない。本王を足止めするために鳴り物入りでやってくるのは、あなたらしくないのでは?」
太子霊は酒をすすって言った。「雍王は買いかぶっておられる。嵩県は飛び地でしょう。玉璧関からは遠く、治めるのは難しい。貴国の王子汁淼の兵馬は、中原の奥地に閉じ込められています。もしうちと梁国の連合軍が…」
汁琮は突然大笑いした。「本王はそんなに馬鹿ではありません。太子霊、あなたは私を愚かな田舎者と見なしていませんか。言ってください。あなたはいったい何がほしいのですか。」
太子霊はしばらく沈吟した後、「汁氏と代国の縁談は、どこまで進んでいるのですか。」と言った。
汁琮はめんどくさそうに「まだ門を通ってもいない。」と答えた。
太子霊は「代武王の退位は間近です。雍国は明らかに盟友を間違えていますよ。」と述べた。
汁琮は笑った。太子霊を見もせず、あいかわらず下を向いて松の実の皮をむいては、口に投げ込みながら、つぶやいた。「それでは趙霊、あなたはどこが最も良い同盟国だと思いますか?」太子霊は答えなかった。ここまで話せば、十分だ。
殿内は長い間沈黙しており、汁琮が松の実をつまむ音だけがきこえた。
しばらくして、汁琮は言った。「今日もしあなたのお父上が、龍于を連れて自分で来たら、孤王はまだ真剣に考えるかもしれなかったが。」
太子霊は一笑に付す。
「来る前に、お父上と奥方(龍于のこと?)に聞けばわかったはずだ。私は中原に盟友を必要としている。親友でなければならない。私の息子の命をたてに強要しようとしても無駄だ。帰れ。私はあなたの命を取らない、趙霊。あなたは未熟すぎる。帰ってからまだ何年かは、生きられる。自分の命を大切にしなさい。」
太子霊はその答えを知っていたようで、考えてため息をついた。
「機会をあげたのに、汁琮よ。」
「惜しくはないだろう。」汁琮は口元に笑みを浮かべた。40歳を過ぎても、英俊で魅力的で、人の心を奪う邪気を帯びている。「まあ、もう少し待ってくれないか」。
その時、庁外から伝令兵が早足で入って来た。
「報告――」伝令兵は片膝をついて、「汁淼上将軍が奇兵で3日前に洛陽を大破!王都を奪還しました!」
庁内は再び静かになった。
汁琮は眉を上げ、太子霊に、ほらな、と示した。
「趙霊、他に何か言いたいことはありますかな?」と汁琮は尋ねた。
太子霊は答えず、しばらく黙って、目を孫英に向けた。
孫英はうなずいて、後ろから姜恒を動かしたが、姜恒は終始行動しなかった。これはまだ最終結果ではないと知っていたからだ。
「最初から孤王は、あなたが連れてきた……」。
突然、もう一声の「報告――」の声がした。
2人目の伝令兵が早足で突入してきた。前の人からいくらも時間がたっていないのに、片膝でひざまずいたその顔は血痕だらけで、恐れ怯えていた。
太子霊は「帰った方がいいかな。」と淡々と言った。汁琮の顔色が一瞬にして変わった。
兵士は太子霊を見てから、汁琮を見た。「替わりに言ってあげましょうか?」太子霊の目には笑みが浮かんでいた。汁琮は殺気を帯びた声で、「報告せよ。」と言った。
伝令兵は彼らの前で告げざるを得なかった。「汁淼将軍が……敵方、車(チュ)将軍に……霊山の下で待ち伏せされ、再び洛陽を失いました。汁淼将軍は残兵を集めて撤退……玉璧関に戻りました。」
2人の伝令兵が前後して駆けつけた。3日前の王都洛陽での激戦の経緯を人々に見せたかのように、2度の奇兵で、戦局が次々とひっくり返り、形勢逆転は一瞬の間に起きた。
汁琮はすぐに理解した。相手は自分より1手多く棋を進めた。極めて重要な棋子を。
今や完全に信じた。太子霊は確かも確か、本気も本気で同盟しに来たのだと。